はじめに
イギリス・MRC LMS/インペリアルカレッジロンドンでリサーチアソシエイト(ポスドク)をしております天久朝恒と申します。私の経歴を簡単に振り返ると、学部生(筑波大)の時に、小林悟先生(当時は基生研、現在は筑波大)の集中講義に出席したことがきっかけで、キイロショウジョウバエを使った研究に興味を持ちました。その後、丹羽隆介先生(筑波大)のもとで約6年間、ショウジョウバエの生殖幹細胞にかかわる研究に従事しました。具体的には、交尾後に卵形成過程が活発化するメカニズム、およびその制御因子として卵巣で生合成されるステロイドホルモンや腸から分泌されるペプチドホルモンに着目していました。2018年に博士号を取得し、ポスドク先としてProf. Irene Miguel-Aliagaのラボにジョイン、ロンドン生活5年目の現在に至ります。
研究
私たち「Gut Signalling and Metabolism」グループでは、成体器官のリモデリングとして特に腸の可塑性に興味を持ち、ショウジョウバエ・マウス・オルガノイドをモデルに研究を進めています。現在ラボメンバーは13名(ポスドク7、PhD 学生4、テクニカルスタッフ2)で、それぞれがオリジナルかつチャレンジングなテーマに取り組んでいます。Ireneのラボに興味を持ったのは、交尾後の腸リモデリングに関する論文を読んで面白いなと思ったことと、博士課程で取り組んでいた自分の研究や興味をより発展できるような気がしたからです。特に彼女との面識はありませんでしたが、メールでやりとりして、D2の秋にインタビューに行きました。ちなみにインタビューに行ったのは日本とアメリカのラボを含めて合計3つで、どのラボでも「セミナー、ラボメンバーとの1 on 1ミーティング、ランチ/ディナー」という一般的な流れでした。スピーディーな英語になかなかついていけず苦労しましたが、当時のIreneラボのメンバーが、ヨーロッパで出せるフェローシップのリストをわざわざメモに書いて渡してくれたり、ロンドン観光のおすすめルート(テムズ川沿いの散策etc.)を詳細に教えてくれたりして、色々と良くしてもらったことを覚えています。無事フェローシップ(海外学振)に採択されたこともあり、学位取得後にラボにジョインすることができました(ポスドクがみなフェローシップによるself-fundedという訳ではなく、数としてはemployedの方が多いと思います)。私の場合、海外学振(2年)→上原(1年)→グラント雇用(現在まで)という流れでした。留学開始〜3年経過時の振り返りは以下の記事に寄稿しましたので、よかったらご覧ください。
上原記念生命科学財団 海外留学だより|イギリス・2020年度版掲載分
https://www.ueharazaidan.or.jp/tayori/tayori_UK.html
ラボ生活で再認識することは、ディスカッションの重要性です。ボスは多忙ですが、相談ごとや話し合いにはウェルカムで、いつでも彼女のオフィスに立ち寄ってチャットすることができます(オープンドア・ポリシー)。日々のコミュニケーションはもちろん、ラボミーティングでは、スライド/データの説明よりも、多くの時間をインタラクティブなやりとり(質疑応答やディスカッション)に費やす印象があります。ジャーナルクラブでは、誰かひとりが論文を説明する代わりに、決められた論文を全員が事前に読んできて、すべての時間をオープンな議論にあてる、というスタイルをとっています(一方で、長い会議はあまり好まれないというのもひとつの特徴かもしれません)。“Don’t demonstrate, but illustrate”というのは、プレゼン(学会発表等)におけるボスの教えです。自分がプレゼンする際にも、少なくとも学会発表/セミナーにおいては、big picture を描けるよう(そこから活発な議論に繋げられるよう)心がけています。
生活
研究所の位置する西ロンドンは落ち着いていて比較的治安が良いエリアです。中心部までのアクセスも悪くなく、Francis Crick InstituteやUniversity College Londonがあるセントラルロンドンまでチューブ(地下鉄)で30分ほどです。ロンドンは、バス・チューブ・オーバーグラウンド等の公共交通機関が発達しているため、車がなくても困りません。私が住んでいる西ロンドン・チズウィックは、家族連れやワンちゃん連れも多く、生活のしやすいエリアです。個人でやっているような、地元に根付いた素敵なお店(カフェ・レストラン・ワインバー・お肉屋・パン屋・ジェラート屋etc.)が多く、ロンドン=都会とは言うものの、人の温かみを感じることができる街です。お店が立ち並ぶ通りには緑やベンチもあって、活気はあるけどおしゃれで落ち着いている、東京でいう「自由が丘」のような雰囲気もあります。一方、ロンドン生活のネガティブになりうる点を挙げるなら、家賃・物価が高い、硬水である(ブリタ浄水器は必須アイテム)、冬にボイラーが故障してお風呂のお湯が出なくなる(キッチンで沸かしたお湯+ペットボトルに穴を空けた手作りシャワーが活躍)、あたりでしょうか。ただ、慣れるとトラブルに対して「困る」という感覚はなくなると思います。
私は単身で渡英しましたが、縁あって2021年12月に日本で結婚し、2022年4月にパートナーが渡英、現在は二人で暮らしています。彼女のビザ(dependant visa)については、私のビザ(Tier 1)に帯同する形で取得しました。当時の情報になりますが、帯同ビザの必要書類として重要なものは婚姻証明のみで、それほど複雑なプロセスはなく、アプリケーションのほとんどがオンラインで完結しました。一方で、イギリスの他のビザと同様に、時間とお金(申込料 + 保険料)はそれなりにかかりました。保険料については人数x年数で支払うため、ご家族で移住される方は請求金額に驚くかもしれません。帯同者が就労できるかどうかは、国やビザの種類によって異なりますが、イギリスだと基本的には認められているようです。彼女は日本でIT企業のデザイナーとして働いていましたが、こちらではフリーランスデザイナーとして、日本のクライアントとリモートで仕事をしています。最近では地元のパン屋さんでパートタイムジョブを始めたり、他の日本人研究者(+彼らのパートナー)らと食事に出かけたりすることで、外部とのつながりも拡がりつつあります。家庭/家族以外との社会的なつながりを持つことは、彼女のウェルビーイングのためにも重要だと感じています。
文化
ロンドンには素敵なパブがたくさんあります。パブ文化の好きなところは自由なところです。パブで集まりがあるとします。お会計は基本的に注文ごとにその都度支払うため、いつ来てもいつ帰ってもいいし、飲んでも飲まなくても、食べても食べなくてもいい、というflexibilityがあります。なんなら参加するのも参加しないのも自由です。誰が来て誰が来ていないとか、他人のことはいちいち気にしません。個人にはそれぞれ事情があるし、プライベートの時間を大事にしようという風潮があるからです。「多様性を尊重する」と聞くと、なんだか大げさな感じがしますが、大切なのは「選択肢があること」だと思います。パブでは個別会計だとか、例えばレストランでは必ずベジタリアン/ヴィーガンメニューがあるだとか聞くと、なんだかスケールの小さい話に感じる人もいるかもしれません。が、日本で議論にあがる多様性に関する話題についても根底にあるものは同じで、重要なことは「個人が選択できる」「選択が周囲に受け入れられる」「選択にお互いが干渉しすぎない」ということだと個人的には思います。
「日本人は親切だ」とよく耳にしますが、ロンドンにいる人たちもまた親切です。高齢者の方や妊婦さんには席を譲ったり、(エレベーターのない)駅の階段でベビーカーを抱える人には手を貸したりするのが普通です。ロンドンで生活していて気づいたことは、言語や文化的背景が違っても、人間の持つ感情や、根本的な部分は大して変わらない、ということです。つまり、他人に対してリスペクトを持って親切に接していれば、それはまわりまわって自分に返ってきます。そしてその逆もまた然りです。基本的には褒める文化(ナイストーク!ナイスヘアカット!)で、少なくとも私の周りでは、噂話や誰かの悪口を言う人をほとんど見かけたことがありません(なにかを直接complainする人はたくさんいますが)。「なんとなくツイてない、うまくいかない」ということが重なる時が(海外生活では特に)あると思います。そんな時こそニコニコ余裕を持って、できるだけ他人に親切に過ごしていれば、ちょっとずつ歯車が良い方向に回り出したりもする、というのが私の心がけているライフハックです(もちろん問題解決には具体的な行動が必要ですが)。
おわりに
“Any explanation or logic that explains everything so easily has a hidden trap in it. I’m speaking from experience. ... What I mean is don’t leap to any conclusions.”
ちょうど読み進めていた小説(Sputnik Sweetheart)で、思わず目に留まった言葉です。ロンドンで学んだことのひとつは「ある物事について、立体的に観たり考えたりすること」です。結論めいたものや、イエスかノーかよりも、その背景にあるもの(そしてそれを理解しようとすること)の方が重要な場面が、数多くあります。それは、文化や価値観の異なる土地で生活し、「予想外のできごと」「驚き」「失敗」を通じて学んだことだと思います。こちらでの研究環境や生活について、なんとなく雰囲気良さげに書いてみましたが(実際にはトラブルの連続です)、今の仕事がまとまったら、次のポジションは日本で探そうと考えています。自分やパートナーの家族が日本にいることや、今まで学んできたことをサイエンスや教育を通じて日本で還元したい、と思うようになったことが理由です。最後になりますが、今回の執筆の機会をいただいた、大澤志津江先生、丹羽隆介先生、平林享先生にこの場をお借りして御礼申し上げます。
※もし留学に関して質問のある方がいらっしゃいましたら、なんでもお気軽にご連絡いただければと思います。