2026.10.23
佐藤矩行先生 追悼
2026年10月18日、佐藤矩行先生(京都大学名誉教授、沖縄科学技術大学院大学教授)がお亡くなりになりました。81歳でした。こころよりご冥福をお祈りいたします。
佐藤矩行先生は、平成21年3月に定年退職されるまでの35年の間、京都大学で研究と学生の教育に打ち込まれました。京都大学では50名以上の学生が先生のもとで博士号を取得しました。京都大学を退職後は、沖縄科学技術大学院大学に活躍の場を移されて、晩年まで研究と教育に取り組んでこられました。
私が先生に出会ったのは、当時助教授だった先生が担当されていた発生生物学Iの講義でした。その中で、先生は、ご自身のホヤを使った発生と時間の研究についてお話をされ、私はすっかりそれに魅せられ、先生の門をたたいたことを思い出します。先生の講義の面白さに魅了された学生は私だけでなく、学内外から多くの学生が先生の研究室に集まり、先生は集まった多様な学生をまとめて、活気のある研究室を長きにわたって運営されました。
先生は、ホヤが発生生物学の材料としてのみならず、進化発生の研究にも貴重な材料であることに誰よりも早くに気づいて、特に脊索の進化について多くの業績を遺されました。アレクサンドル・コワレフスキー博士がホヤの幼生に脊索を見つけてから100年の時を経て、先生が、分子発生生物学を持ち込み、発生生物学的視点から脊索の進化と起源に切り込んでいったのです。平成17年にロシア科学アカデミーからコワレフスキー博士の名を冠したメダルを授与された時は、少しはにかみながらもメダルを見せてくださいました。
先生はホヤの世界に分子生物学を導入して近代的な発生生物学への道を拓いただけではありません。多くの実験動物に先駆けて、ホヤのゲノム解読に取り組んだ先生の慧眼には今もって驚くばかりです。次世代シーケンサーなど夢にも思わない時代、線虫のゲノムが初の動物ゲノムとしてようやく世に出た時代、そんな時代に、つい先ごろまで放射性同位元素を使ってDNA配列を解読していた研究室、しかも発生を専門とする研究室が、ゲノム解読とは無謀ではないかと不遜にも思ったのは、私だけではなかったと思います。しかしながら、そのプロジェクトをわずか二年ほどで終わらせてしまった先生のリーダーシップはまさに卓越したものでした。
先生は発生生物学者としてだけでなく、動物学者でもありました。先生の研究室には常にホヤ以外の生き物を扱う学生・ビジターがいました。先生自身も空き時間を見つけては、臨海実験所に赴き、そこで見つけた動物を嬉しそうに観察されていました。新口動物が単系統であることを明らかにした研究に始まり、扱った動物の種類は数え切れません。沖縄に活躍の場を移されてからは、サンゴ、ヒトデ、アコヤガイなど多数の動物ゲノムの解読をおこなって、ゲノムと発生生物学の視点から動物を見続けてこられました。
そのように言っても、やはり先生の研究の軸足はずっとホヤの発生生物学にあったのだと思います。先生がいなければ、ホヤの発生生物学が世界的にこれほど広がることがなかったことは間違いありません。ホヤの発生生物学は、10年や20年は遅れていたでしょう。もしかしたら発生生物学の材料として忘れ去られていたかもしれません。その意味で、平成20年にホヤの発生学の祖ともいえるエドウィン・グラント・コンクリン博士の名を冠したメダルが米国発生生物学会から先生に授与されたことは、ホヤの研究コミュニティにとって大変嬉しいニュースでした。先生も本当に嬉しそうでした。
昨年、サンゴ以外の研究は停止して半ば引退すると伺って、先生の京都時代の研究室で博士号を取得した教え子と関係者が集まって、先生の半引退と傘寿を記念する同窓会をおこないました。同窓会では、先生の科学への情熱、そして尽きることのないエネルギーに改めて感嘆したものでした。それからわずか一年余りでご逝去の報に接することになり、本当に残念でなりません。
京都大学大学院理学研究科 佐藤ゆたか
佐藤矩行先生は、平成21年3月に定年退職されるまでの35年の間、京都大学で研究と学生の教育に打ち込まれました。京都大学では50名以上の学生が先生のもとで博士号を取得しました。京都大学を退職後は、沖縄科学技術大学院大学に活躍の場を移されて、晩年まで研究と教育に取り組んでこられました。
私が先生に出会ったのは、当時助教授だった先生が担当されていた発生生物学Iの講義でした。その中で、先生は、ご自身のホヤを使った発生と時間の研究についてお話をされ、私はすっかりそれに魅せられ、先生の門をたたいたことを思い出します。先生の講義の面白さに魅了された学生は私だけでなく、学内外から多くの学生が先生の研究室に集まり、先生は集まった多様な学生をまとめて、活気のある研究室を長きにわたって運営されました。
先生は、ホヤが発生生物学の材料としてのみならず、進化発生の研究にも貴重な材料であることに誰よりも早くに気づいて、特に脊索の進化について多くの業績を遺されました。アレクサンドル・コワレフスキー博士がホヤの幼生に脊索を見つけてから100年の時を経て、先生が、分子発生生物学を持ち込み、発生生物学的視点から脊索の進化と起源に切り込んでいったのです。平成17年にロシア科学アカデミーからコワレフスキー博士の名を冠したメダルを授与された時は、少しはにかみながらもメダルを見せてくださいました。
先生はホヤの世界に分子生物学を導入して近代的な発生生物学への道を拓いただけではありません。多くの実験動物に先駆けて、ホヤのゲノム解読に取り組んだ先生の慧眼には今もって驚くばかりです。次世代シーケンサーなど夢にも思わない時代、線虫のゲノムが初の動物ゲノムとしてようやく世に出た時代、そんな時代に、つい先ごろまで放射性同位元素を使ってDNA配列を解読していた研究室、しかも発生を専門とする研究室が、ゲノム解読とは無謀ではないかと不遜にも思ったのは、私だけではなかったと思います。しかしながら、そのプロジェクトをわずか二年ほどで終わらせてしまった先生のリーダーシップはまさに卓越したものでした。
先生は発生生物学者としてだけでなく、動物学者でもありました。先生の研究室には常にホヤ以外の生き物を扱う学生・ビジターがいました。先生自身も空き時間を見つけては、臨海実験所に赴き、そこで見つけた動物を嬉しそうに観察されていました。新口動物が単系統であることを明らかにした研究に始まり、扱った動物の種類は数え切れません。沖縄に活躍の場を移されてからは、サンゴ、ヒトデ、アコヤガイなど多数の動物ゲノムの解読をおこなって、ゲノムと発生生物学の視点から動物を見続けてこられました。
そのように言っても、やはり先生の研究の軸足はずっとホヤの発生生物学にあったのだと思います。先生がいなければ、ホヤの発生生物学が世界的にこれほど広がることがなかったことは間違いありません。ホヤの発生生物学は、10年や20年は遅れていたでしょう。もしかしたら発生生物学の材料として忘れ去られていたかもしれません。その意味で、平成20年にホヤの発生学の祖ともいえるエドウィン・グラント・コンクリン博士の名を冠したメダルが米国発生生物学会から先生に授与されたことは、ホヤの研究コミュニティにとって大変嬉しいニュースでした。先生も本当に嬉しそうでした。
昨年、サンゴ以外の研究は停止して半ば引退すると伺って、先生の京都時代の研究室で博士号を取得した教え子と関係者が集まって、先生の半引退と傘寿を記念する同窓会をおこないました。同窓会では、先生の科学への情熱、そして尽きることのないエネルギーに改めて感嘆したものでした。それからわずか一年余りでご逝去の報に接することになり、本当に残念でなりません。
京都大学大学院理学研究科 佐藤ゆたか
写真の説明:
令和8年春におこなった同窓会にて。佐藤矩行先生は前方中央やや左寄り、赤い靴を履いていらっしゃいます。
令和8年春におこなった同窓会にて。佐藤矩行先生は前方中央やや左寄り、赤い靴を履いていらっしゃいます。