学会誌DGD

学会誌DGD

DGDとは

Development Growth & Differentiationは、Wileyから出版されている1969年創刊の日本発生生物学会 (JSDB: Japanese Society of Developmental Biologists) の公式学術雑誌です。動物、植物、並びに微生物を対象として、成長、形態形成、細胞分化、発生過程における細胞のふるまいといった現象を制御する機構を、分子生物学、生物物理学、あるいは生化学なアプローチで明らかにする論文を掲載しています。そのほか、進化、形態学、幹細胞、組織工学などの分野もカバーしています。

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連載「私とDGD」(2017年6月~2019年4月)

No.1高橋淑子会員 (2017年6月号)

DGDは私達の味方です。といっても、けっしてクオリティの低い論文がとおるわけではありません。いろんな事情で論文アクセプトを急がないといけない時や、競争相手がいて思うようにいかない時など、DGDは前向きに対応してくれます。それは編集主幹の仲村春和先生が、適切な査読者を選んで下さるからです。私達の研究室メンバーも、DGDに度々救っていただきました!論文書きの経験がまだ浅く、それでも自分のデータを世に出すために頑張ろうとしている若者には、DGDがイチ押しです!

No.2「蛍光ペンがDGDの表紙になった」高橋淑子会員 (2017年7月号)

DGDは、今でこそ電子版のみになりましたが、印刷版の時代には郵送されてくる毎号の表紙が楽しみでした。2013年55巻では、私達の論文が表紙になりました。文房具の蛍光ペン5本と、血管が染まったニワトリ胚の写真です。論文の内容は、「蛍光ペンのインクをニワトリ胚の血管に注入すると、血管ネットワークがきれいにみえるぞ、しかも安いぞ!」というものです(蛍光ペン1本分で約5000匹の胚に使えるので超お得)。DGDでなかったら、「蛍光ペンの写真を表紙にして欲しいです」なんて頼めなかったと思います。DGDは懐の深いジャーナルです。

No.3「DGDの歴史から会員の思いを知る」藤森俊彦会員 (2017年8月号)

日本発生生物学会が発足して50周年に学会の歴史をたどる機会を得ました。発生学会は国際性と学術性の二面が特徴的ですが、日本からの情報発信にDGDが重要な役割を果たしており、経済的に苦しい時も学会の先輩方がDGDをとても大切にされてきたことを知りました。外国に留学した際に図書館にDGDがあるのは心強かったです。総説をDGDに2回書かせてもらいましたが、蛍光イメージング用のトランスジェニックマウスに関しての総説は4年間ほどで5000回以上もダウンロードされたそうです。総説では、踏み込んで自分の考えを比較的自由に書く機会が得られ、世界中の多くの人に読んでもらえているのがありがたいです。

No.4「DGDに育ててもらう」田村宏治会員 (2017年9月号)

明確な問題設定のもと正確な実験をたくさんして、可能な限りきちんとした説得力のあるDiscussionをすることで、自分の考えを客観的なデータをもとに主張する。このとても難しい「論文を書く」という営みを、何度も何度も繰り返すことによって少しでもいいサイエンスができるようになっていく。自分で論文を書くようになって25年以上が経って、うまくできなくて次こそはもう少しと思いつつ幾つもの論文に関わってきましたが、自分が寄与した論文・総説の約15%がDGDでの著述であることが調べてわかりました。その良し悪しや意味を論じることはやめておきますが、論文投稿を繰り返す経験をDGDから得ていることだけは間違いありません。
学問分野において研究を続けるためにはいろいろな研鑽を積む必要があり、また同時にそれは経験値を得るチャンスでもあります。初めて他者の論文を査読する経験をしたのは、DGDからの依頼でした。初めて総説(*1)というものを書いたのも、DGDでした。いずれのときも「自分なんかでいいのかな」と思いつつ、一生懸命やって良い経験をしました。そして初めてEditorial Boardに名前を連ねさせてもらったのもDGDで、大きな責任を感じたと同時に妙にうれしかったのを覚えています。
論文を投稿する相手である雑誌に「育ててもらった」と言うのは少しおかしいかもしれませんが、実際わたしの場合はそうだと思います。
*1. Tamura, K., Yonei-Tamura, S., and Izpisua Belmonte, J. C. Molecular basis of left-right asymmetry. Development, Growth & Differentiation. 1999, 61, 645-656.

No.5「DGDと共に」梅園良彦会員 (2017年10月号)

論文執筆。研究成果を世界に発信するための最後の作業は、とてつもなく過酷でかつ想像以上の労力および知力が必要となります。幸いなことに、自分は当初から、「論文を書くのが嫌い」ではありませんでした。ああでもない、こうでもないと、未熟な英語力で論理構築に苦しみながらも、たまに文章がはまることへの快感。また、文章を補うための可能な限り美しい図の作成。少しずつではありながらも論文の形が出来上がって行く過程を楽しんでいます。ありがたいことに、DGDは、研究者として独立できるまでの過程において、様々な経験と感動を与えてくれました。これまでに、総説を含め7報の論文がDGDから世界に発信されています。例えば、初めて書いた論文。このおかげで博士号を取得できました。初めて表紙となった論文。最も気に入っている論文のうちの1つです。そして、初めて書いた総説。幸運にも、この総説はその引用数において「Editor-in-Chief Prize 2012」を受賞しました。少しはまともな文章が書けているようだと自信に繋がりました。
 現在では、DGDもオンライン化、オープンアクセスなど、グローバル化がますます進んでいます。自分が育っていったように、DGDにもさらに成熟していってほしいと思います。今後も、できるだけよい研究成果をDGDから世界に発信できるように尽力していきたいと思います。現在も、DGDに論文を投稿中です。

No.6「身近に寄り添うDGD」杉山清佳さん (2017年11月号)

学生時代、私にとっての発生生物学会(年会)は、同じ年頃の学生達と出会い、競争し、良いも悪いも忌憚なく議論した上で互いに認め合う、貴重な機会でした。特に、当時少数派だった女性(同姓)の若手研究者との出会いは、大きな励みとなりました。その頃の私は、DGDも年会と同様に、学生や若手が筆頭著者として成果を発表する場として捉えていました。普段、何気なく閲覧することにより、綺麗な写真データを見れば著者の努力を感じ、年会に似た励みを受け取ることが出来ました。それだけDGDは、私にとって同じ年頃の著者の頑張りを感じることが出来る、最も身近な学術誌であったと思います。
思えば、私も節目節目にDGDのお世話になってきました。私が学生の時に発表した最初の論文はDGDですし、最初に書いた総説も、査読をしたのもDGDでした。論文受理は一筋縄では行かないものですが、とにかく発表することが一番大事という現実を、はっきりと見せつけてくれたのもDGDでした。発表すれば評価してくれる人が必ず出てくるということを、所属研究室内で深く感じる機会がありました(DGD論文で120以上の引用回数)。
私は、研究者としての将来に不安を感じる学生時代に、他の学術誌にはない親近感と安心感をDGDから受け取ったと実感しています。1つの学術誌を身近な存在として感じられたことは、将来にわたり、自分の研究を信じ、進めていくための大きな糧となりました。

No.7田中幹子会員 (2017年12月号)

私は動物の形態進化の研究をしていることもあり、かなりの種類の非モデル動物を使った研究をしてきました。気づいてみると、これまでに研究に使用した動物種の数は 20 種類を超えていました。非モデル動物を使った研究を始めるときに、まず必要となるのは、対象とする動物の胚発生の基礎的な情報で、特に発生段階表が存在しているか、否かは、その動物を使った実験系をどれだけ早く立ち上げられるかという点に深く関わります。
 DGD には、非モデル動物の胚の発生が発生段階毎に詳細に記載された優れた論文がたくさんあり、これまでにどれだけお世話になったかわかりません。この機会にどんな動物の発生段階を記載した論文があったかを調べてみました。すると、ちょっと調べてみただけでも、ナイルティラピア、トラフグ、エミュー、シマヘビ、ジュウシマツ、ハリサンショウウニなど、さまざまな動物の論文が見つかりました。こういった変わった動物の胚発生過程の記載論文は、ただ眺めているだけでも十分楽しく、発生生物学者心をくすぐります。気になった方は、是非、DGD から探してみてください。最後に、変な動物の発生過程をちょっと覗いてみたいと思われた方におすすめの論文をご紹介します。

シマヘビの発生段階の論文:見慣れたニワトリ胚に似ているところから始まって、どんどん胴体がグルグル巻に発生していく様子を見ているだけで楽しい論文です。

Yoshiyuki Matsubara, Atsushi Sakai, Atsushi Kuroiwa and Takayuki Suzuki (2014). Efficient embryonic culture method for the Japanese striped snake, Elaphe qudrivirgata, and its early developmental stages. Dev. Growth Differ. 56, 573-582.

No.8「最近読んだDGD論文」安尾仁良さん (2018年1月号)

タイトルには最近とありますが、DGDに発表された原著論文を最後に読んだのは、残念ながら2年前にさかのぼります。故平本幸男先生の研究室から1986年に発表された論文でした (Hamada & Hiramoto, 28, 143-156)。30年以上前に発表された論文ですが、今調べてみるとその引用は2010年以降特に顕著になってきているようです。この論文にたどり着いた由来は、あるレビューにおいて、星状体の移動を制御する細胞質由来の「力」の存在、及びその「力」は微小管の長さに比例することを最初に示した仕事として引用されていたことにあります。これらのことがいかに証明されたのだろうか?とワクワクして論文を読んだことを思い出します。浜田/平本両博士は、まずウニ(タコマクラ)卵を微小管の重合阻害剤であるコルセミドで処理し、精子由来の星状体が動けない状態にし、次にコルセミドがUV照射で不活性化する性質を利用し、局所的に微小管を再形成させるという実験系を開発しました。星状体を含む周辺の細胞質領域をUV照射すると星状体が動き始めること、さらに星状体の移動方向は常に長い微小管が形成する遠位側であるという観察から、両博士は上記の結論に達せられました。重要な結論に至ったとてもエレガントな実験だと思います。私は一研究者として、インパクトファクター云々よりも、浜田/平本両博士の論文のように、発表以降長らく経ってから評価される仕事に憧れを感じます(一研究室主催者としては、研究費獲得に影響するインパクトファクターを気にせざるをえないのが現実です)。

No.9「バフンウニのゲノム解読」 谷口俊介会員 (2018年2月号)

2000年に私自身初めての論文をDGDに掲載していただき、ウニの発生生物学に携わる者としての第一歩を踏み出してから18年、バフンウニのゲノム解読の成果を掲載していただくという形で、再びDGDにお世話になることになりました(1月にアクセプトをいただいたので掲載までは少し時間がかかるかと思われます)。
 「バフンウニのゲノム情報がない→実験でいろいろ困る→じゃあ読んでおこうか」的なノリでスタートしたプロジェクトですが、とにかく将来の実験のために意味のある情報をそろえることに集中し、共著者のご協力のもと、シンプルな論文とシンプルなデータベースHpBaseを仕上げることができました。しかし実際のところ、ゲノム配列を解読し、データベースを作っただけではそれを受け入れるジャーナルは少なく、DGDが「あくまで発生生物学の推進上必要だから解読して公開した」ゲノム情報の掲載を許可して下さったのは、雑誌としての懐の深さを示しているのだと思います。DNA、RNAの大規模解析が簡便にできる時代になりつつある中、様々な生き物のゲノムやトランスクリプトームを読んでデータベースを構築したというシンプルな論文を、DGDが今後いくつも掲載することで、発生生物学に「使える」情報の蓄積場の一面を持つことを期待しております。

No.10 船山典子会員 (2018年3月号)

2005年5月号のDGDの表紙は10年以上も私の机の前にあります。この号に論文を掲載いただき、カワカイメン無性生殖の発生段階の写真を表紙に使っていただいたのが、現在に至るカワカイメンを用いた研究の国際的な発信のスタートでした。このため発生生物学会50周年のポスターに、DGDの表紙の一つとして使っていただいたことは個人的にとても嬉しく、またDGDにスタートを切らせてもらい、育ててもらってきたことを改めて実感しました。

新しい研究分野に飛び込んだ私は、初めて論文を書く大学院生と全く同様、この分野での名称や表現の仕方など1つ1つ文献を探しながら手探りで作成していったことを今でもよく覚えています。論文作成は大変ですが、作り上げる過程で研究の足りない部分に気付いたり、新たな研究のアイディアが浮かんだり、レフリーのコメントで視野が広がったりと楽しい点や充実感があることもこの投稿で学びました。2010年に書かせていただいたカイメン幹細胞システムの総説は、これを読んでフランスからJSPSの研究員が加わってくれ、研究成果だけでなく国際的な視野とコミュニティーという大きな収穫につながりました。また、海外の研究者が自分たちの論文を読み、興味を持ってくれるという喜びと自信も与えてくれました。

これからも沢山の人が、DGDで新しい研究を国際的にデビューさせ、自信をつけ育ってゆく様なジャーナルであって欲しいと願っています。それに少しでも役立てるよう自分たちも精進しなくてはと改めて思いました。

No.11 田澤一朗会員 (2018年7月号)

DGD の1998年2月号の表紙はウシガエルのオタマジャクシです。変態後も「大人の皮膚」として残る予定の領域の皮膚が赤く染め分けられています。この写真をデータとして載せた論文の筆頭著者は、当時大学院前期生だった私と同じ研究室(広島大学・吉里勝利研究室)にいた同級生です。彼女は、オタマジャクシの皮膚のパラフィン切片を作っては古典的な方法でせっせと染めていました。彼女は一生懸命切片を切っているうちにだんだん研究の目的が分からなくなってきたみたいだったので、私は彼女から話を詳しく聞いて研究目的とこれからなすべき作業を整理してあげました。そしてその一環として「大人の皮膚を切片で赤く染めるやつ、whole でもやってみようよ。それが一番目的にかなっている。」と提案しました。かくして試みは成功し、オタマジャクシの体で大人の領域が次第に広がってく様子を初めて立体的に可視化した論文として結実します。「遺伝子の名前が1つもなくても論文になるんだ」と当時私は衝撃を受けましたが、それこそ「意味があれば評価する」という DGD の懐の深さだったのかもしれません。
吉里先生からは「良いセンスのアドバイスだ」と褒められ、論文では謝辞の筆頭に名前を載せてもらいました。これが私の名前の論文デビューとなります。

No.12 松田大樹会員 (2018年8月号)

10数年前、当時アメリカに留学していた私にとって、DGDは日本から定期的に送られてくる数少ない郵送物でした。送られて来るたびに、パラパラ開き、論文を見る。これが数少ない日本との接点だった気がします。その中で、2007年2月に送られてきた、「regeneration and remodeling」の特集号に、私が学生時代に所属していた研究室(東北大学井出宏之研究室)からの1本の論文が掲載されました。その筆頭著者は、私の大学時代の同級生で、同じイニシャルを持ち、学籍番号は学部・大学院を通じ常に連番、その結果、学生実習から常にペアを組まされた腐れ縁の男です。何の縁か、ともに四肢の再生研究に興味を持ち、同じ研究室に所属し、博士課程まで進むことになりました。当時の研究材料は、私はアフリツメガエル、その男はマウスでした。
私の方は、すでに研究室でアフリカツメガエルの系が確立されていたこともあり、比較的順調に研究がはかどり、無事3年で博士の学位を取得できたのですが、その男は、研究室にマウス研究者がいなかったこともあり、学位取得にさらに数年要しました。
私は、学位取得後すぐに渡米したこともあり、その後のその男の研究状況を詳細に知る機会がなかったのですが、DGDを通じ、その男の学生時代約10年の成果を無事目の当たりし、感動したのを今でも覚えています。その後、その男は、ES/iPS細胞を用いた哺乳類の再生研究分野で活躍し、この数年NatureやCellの姉妹誌などに掲載された論文の著者にもなり、その分野の最先端で活躍しております。あれから約10年、なんの縁か、今度は私がDGD の「regeneration and remodeling」特集号に、「ゼブラフィッシュ の膵臓」のreviewを掲載することになりました。今、頑張っているその男のように、次は私がこれを機に、研究者としてステップアップできればと思っています。

No.13 田川訓史会員 (2018年9月号)

筆頭著者ではありませんが、私の研究人生で自分の名前が初めて記載された論文が、まさにDGDでした。マボヤの細胞骨格アクチンの話です。先輩のお手伝いというか、大学院生になる時に、分子生物学的手法を全く知らないで研究室に入ったので、一から学ぶわけですが、その一環として先輩に習いながら行った実験が最終的に論文として公表されました。シークエンスを放射性同位体のSで行っていた時代です。今では考えられないことですが、一回の実験で200bp程度しか読めない、しかもこれを行うために数日かけてやるのです。当時の日本発生生物学会は、海産無脊椎動物を含む多種多様な興味深い発表がありました。横浜で学会が開催された1992年でしょうか。当時お金がなかった私や現フランス国立科学センターの安尾仁良君は、学会にもかかわらず山下公園のベンチで寝て、指導教員(現OIST佐藤矩行教授)にきつく叱られた記憶があります。そのおかげで後輩達は皆,ホテルに泊まれるようになれました。今では珍しくありませんが、金髪デビューも日本発生生物学会でした。
また、当時から学会の度に交流があった他大学の研究室の方々とも、有り難いことに今でも繋がりがあります。大学院時代からギボシムシという、あまり研究されていなかった動物を諦めずに研究してきたおかげで、この度、DGDの特集号へ総説を投稿することができ、これで少しは恩返しが出来たかなと、とても嬉しく思っています。しばらく足が遠のいている学会に、来年は気持ち新たに参加できればと願っています。

No.14「ありがとう、DGD」齋藤大介会員 (2018年12月号)

私が筆頭著者としてDGDに掲載させていただいた論文はまだ1本だけですが、実のところたいへん思い入れのある論文であり、今回その話をさせていただきます。副腎皮質細胞がどこから来るかと言った話です。ニワトリ2日胚の体腔上皮を蛍光試薬でラベルしますと、生殖腺に加え副腎皮質細胞にもラベルが入るということで、副腎皮質の由来は体腔上皮であろうとの主張で投稿致しました。生殖腺が体腔上皮由来であることは以前に示されており、生殖腺と副腎皮質は共通性質を多く持つことから、副腎皮質も同様に体腔上皮由来であるとの考えは合理的でもありました。
 「蛍光試薬ですべての副腎皮質の細胞がラベルされていない。細胞ラベリングに問題があるのでは?あるいは、副腎皮質の由来は他にもあるのではないか?」これが、査読者からその際に受けた最もクリティカルなコメントです。この論文の根幹に関わる指摘であるものの、それに答えるための技術が見つからない、アイデアが思いつかない。当初は途方にくれ、投稿を取り下げることも頭によぎりましたが、四苦八苦しながらもラベリングの精度を高める工夫によって、なんとかリバイスを返しました。その過程で結論が修正されました。体腔形成直後の時点で体腔上皮は二層の多層上皮であり、その頂端側の層からは生殖腺が生じ、一方で副腎皮質は基底側の体腔上皮由来である可能性が高い、このような結論となりました。
 このDGD論文は自分史上リバイスに最も時間がかかった論文であり、その過程で最も内容が変わったものとなりました。私の詰めの甘さを反省する機会でした。また、論文作成のプロセスを改めて勉強させていただいた貴重な機会でもありました。それもこれも建設的なコメントをいただいた査読者の先生方、査読者を選んでいただいた編集主幹の仲村先生、並びに我慢強くお付き合いいただいた共著者の先生方のおかげです。なにより感謝すべきは、次の研究へと繋がる重要な発見に私を導いてくれたことです。こんな私の面倒も見てくれる、全くもって、DGDは懐の深い雑誌です。ありがとう、DGD。

No.15 舟橋淳一会員 (2019年2月号)

私が初めて DGD に投稿した論文は "In Ovo Electroporation" を手法として用いたものでした。"In Ovo Electroporation"、今やなんの違和感も感じないフレーズですが、当時はきっとある種センセーショナルな響きをまとっていたのでしょう。その影響なのか、じつはこの論文、申し訳ないですが最初は別の雑誌に投稿して却下されたものでした。
今考えると最初のレビューはずいぶんと好意的でした。しかし、彼らが求めたのは、研究のストーリーよりも方法についてより詳細な記載をすることでした。そうは言われても方法自体は既に公になっていて、いまさら詳しいプロトコールを載せてそれを「ウリ」にするのは姑息に感じられました。結局、実験方法に関する記述は少し増やしただけで改訂版を送り直しましたが、受け入れられませんでした。
そこでさらに手直しした原稿をDGDに投稿することにしました。DGDのレビューは当時も今も重箱の隅をつついたりせず、著者と協力して論文をより良くして行こうという姿勢ですから、私たちも気持ちよく改訂して発表までこぎつける事ができました。
ところがDGDに論文が公開されてから1年もしないうちに、おそらくレビューを担当したであろう研究者たちから In Ovo Electroporation を使った論文が相次いで発表され、なんとも割り切れない気分になったものです。『世界』からの洗礼を受けた、ほろ苦い思い出です。
結果的には、それから数年も経たないうちに In Ovo Electroporation はごくあたりまえの手法となりました。いっぽうで、この論文はいまだに被引用数を伸ばし続けています。研究成果はとにかく公開する事が大切であるという事も、この経験から学んだ重要な教訓です。

No.16 三井優輔会員 (2019年3月号)

大学院のD1の秋ごろに、初めての原著論文を出したあと、ありがたいことに編集長の仲村先生からDGDに総説を書くお話をいただきました。嬉しくなってすぐにお引き受けしたものの、私は仕事が遅いもので、再三当時のボス(平良眞規先生)にも急かされたにも関わらず、なんとそこから2年も掛かってしまいました。その間、仲村先生に学会等でお会いするたびに少々気まずかったのを覚えています。内容は原著論文で扱った分泌性のWnt結合蛋白質sFRPを中心にしたのですが、データのある原著論文と違って何をどのくらい論じるかが完全に書き手に委ねられているので、どれくらいの範囲で書けば良いのか随分と悩んでしまいました。しかしその分沢山論文を読む機会になり、良い勉強になりました。今思えば、各sFRP遺伝子についてシンテニーの保存の図を作ったりするのに随分時間が掛かり、無駄に欲張ってしまったところも多かったと思いますが、何度も引用していただいているのは幸いなことです。また初めてオフィシャルに査読をさせていただいたのもDGDです。このように我らがDGDにはいろいろ経験を積ませていただいています。これからもお世話になると思いますが、どうぞよろしくお願いいたします。

No.17 原田英斉会員 (2019年4月号)

学生時代を通して仲村春和研究室に所属していた私にとってDGDはもっとも身近な科学雑誌でした。研究室として主に参加していた学会が発生生物学会ということもあり、ラボのお茶部屋には常にDGDが置いてあり、休憩中によく眺めていました。学会などで知り合った方や先生方などの論文を見つけるのを楽しみにしていました。学会発表で見聞きして来たデータ実際に論文になっているのをみて、いつか自分のデータもこうやって論文にしたいと思ったことを記憶しております。
その後、博士課程の在学中に幸いにも私の最初の論文が、DGDに掲載されました。(Develop. Growth Differ. (2008) 50, 697–702 )。In ovoエレクトロポレーション法を用いた新規のニワトリ胚網膜神経節細胞軸索のトレーシング法に関する論文でした。時間と労力を費やした研究成果が論文として形になり、雑誌に掲載されるという喜びを初めて感じることができました。その後、原著、総説など何度か掲載していただきました。
読者として最も楽しみにしているのは、Special Issueです。自分が研究している分野の特集号については、最新の総説を読むことで、専門分野の知識を再び整理できますし、近縁の分野に関しては質の高い総説を読むことで新たな知識を手早く得ることができるのでよく利用しております。
現在トロントで勤務していますが、こちらの研究室のメンバーに未発表のデータがあればDGDへの投稿を勧めるようにしています。