2020.02.18

海外だより№3 五十嵐啓さん(University of California Irvine)

University of California, Irvine
五十嵐 啓 (Kei Igarashi)
www.igarashilab.org
kei.igarashi@uci.edu
■はじめに
私は2016年2月よりUC Irvineにて研究室を主宰しております。アーバイン市はロサンゼルスから南に一時間弱のところにあるベッドタウンで、ロサンゼルス大都市圏の利便性と、郊外の安全・快適さを兼ね備えたところです。UC Irvineは、University of Californiaシステムの一つで、トップ校ではありませんが日本の旧帝大程度の環境が整っています。学会長の武田先生より海外だよりを書いてみませんかとお声がけ頂きましたので、海外に出るというのはどんなことなのかを私個人の視点から記し、若い方へのエールとさせて頂きたいと思います。

■ポスドクとしてノルウェーへ
私は東大理学部の坂野仁先生の研究室で卒研を行い、医学部の森憲作先生の教室で嗅覚生理学研究を行って学位を取得しました。森研究室では、みな博士号を取得後、海外にポスドクとして留学するのが自然な流れでした。そこで私も博士取得後すこし経ってから、2009年にノルウェーのEdvard Moser, May-Britt Moser先生夫妻の研究室ポスドクとして留学することにしました。当時、Moser夫妻はまだ気鋭の研究者で、神経科学分野でもそれほど知られてはおらず、なぜノルウェーなんかに留学するんだ?とよく聞かれました。私してはとても面白い仕事をしているからという理由だけだったのですが。むしろみんなが行くアメリカではないところもよかったのです。
ノルウェーは、北欧に広く見られるように、先進的な男女平等・ライフワークバランスのアイデアが国民に浸透しており、研究以外にも学ぶことが多くありました。研究所は非常に潤沢な資金に恵まれており、時間をかけて大きな仕事をする、というヨーロッパ式の研究スタイルのなか、じっくり時間をかけて研究を進めることが出来ました。ただ、まったくプレッシャーのない中、時間をかけすぎて6年半もノルウェーにいたのは、いまから思えばちょっと長かったかもしれません。ラボ在籍中の2014年のボス夫妻がノーベル医学・生理学賞を受賞した際には、ラボは興奮の嵐でした。しかし、私にとって嬉しかったのは、自分自身のラボを選ぶ目はやはり正しかったのだ、と再確認できたことでしょうか。

■ Job huntingの結果アメリカへ行くことになる
2014年にMoserラボでの研究がまとまり(Igarashi et al., Nature 2014)、job huntingを始めました。Moserラボのポスドクはラボ卒業後はprincipal investigatorとして独立していっていたので、私にとっても独立したポジションを探すのが当然の流れでした。公募の出ていた世界中の大学約50カ所に応募を出したところ、イギリス、アメリカ、日本から面接に来るようにと連絡が来ました。私の考えていた条件は、(0)tenure-track positionであること(大前提)、(1)これまでの研究環境と変わりなく研究が続けられる大学、 (2) 国外ならば日本から直行便がある町、(3)子供の日本語教育のための補習校のある町、(4)治安のよくて住みやすい町、というものでした。最初にオファーを頂いたのは京大白眉でしたが、残念ながら任期5年・スタートアップ資金のほぼ無い特任准教授ポジションでした。次に呼ばれたUniversity College Londonの面接では、「ロンドンで家は買えますか?」と質問して面接官として来ていたRichard Axel先生(前回の海外便りの服部君の先生ですね)の失笑を買ったせいか、あえなく不合格となりました。しかし、ロンドンのような大都市に家族連れで暮らすのは、とても難しいように感じました。その次に面接に呼ばれたのがUC Irvineです。下調べをしたところ、どうやらアーバインは(1)-(4)すべてを満たすとても魅力的な場所のようでした。面接では学科長から最初に「このポジションのスタートアップは6500万円、一切交渉不可。オファーを受けたら1週間以内に返事をしない場合は次の候補にしてしまうから」と宣言され、その後conference形式で8人の候補者が互いに発表しつぶし合うというアメリカの大学としては特殊な面接形式でした。オファーを頂いた際には、もっと研究レベルの高いBaylor Colledgeや日本の理研など、まだ幾つか面接が残っていたのですが、せっかく頂いたオファーです。いろいろ考えることはやめ、他を辞退してアメリカに移ることにしました。振り返ってみて、この判断でよかったと思います。
ポスドクの留学先としてヨーロッパを選びはしたものの、やはり生命科学の絶対的中心地はアメリカです。ヨーロッパの研究者も、みなアメリカを向いて研究をしています。ポスドクをしている間にだんだんと、研究者としてアメリカの科学を見ずには死ねないだろうな、と感じ始めていました。ですので、それ以前のアメリカでの経験なしにアメリカでPIポジションを得ることができたのは幸運でした。

■ラボ立ち上げ
アメリカで独立する多くの日本人は、院生やポスドク時からアメリカに来ており、独立する際にはすでにアメリカの研究システムを熟知しています。私の場合、アメリカ暮らしがそもそも初めて、加えてラボ立ち上げの二重苦でした。PIとして最も重要なのはやはりグラント取得です。アメリカの大学は1-1.5億円のスタートアップ資金が与えられるのが普通ですが、私の場合は上の通りかなり値切られてしまいました。学科長曰く、「startupは鉄砲と三発の弾丸である。これで最初の獲物を捕ったら、あとはそれを売って自分で次の弾を買うべし」と。売る獲物とは論文のこと、次の弾は外部資金のことですね。そんなわけで、グラント書きを始めましたが、これまで日本やノルウェーでは英語でグラントを書くトレーニングなどしたことがありません。一方で周りの研究者は、博士課程・ポスドクの間にNIH fellowship(基本的にグラントと同じフォーマット)を書くトレーニングを長期間受け、独立する頃には十分な経験を積んでいるのです。周回遅れのスタートで、自分はこの国で生き残れるだろうかと、とても不安でした。まず最初に出したのは、ラボを始めて数年以内の人向けのfoundaton grantsです。これらにアイデアを絞りだしながら30以上応募し、4つ取得することができました(計9000万円弱)。最初の一年間は、ほぼグラント書きばかりしていましたので、一年間これだけ書いて4つか...と自分では思ったのですが、周りからは上出来だと言われました。幸いにもJSTさきがけにも採用して頂いたので、日本の研究と接点を保つことができています(学会長の武田先生には、JSTの領域会議でお声がけ頂きました、感謝致します)。NIHのグラントの書き方にも徐々に慣れ、3年目にR01を2つ取得することができました。R01を取ることがテニュア取得条件の一番の鍵ですので、R01をもらえて、アメリカに来てやっと一息つくことが出来ました。とても興奮するような発見もラボで幾つか出てきており、いい論文が書ける段階にそろそろ来ています。
初めはとても不安とストレスの大きいラボ立ち上げでしたが、不安がなければあれだけ働くこともできなかったでしょう。頑張った分は結果として戻って来ました。アメリカでは努力が報われる構造にある程度なっているように感じました。ノルウェーや日本ではなかなかこうは行かなかったでしょう。アメリカのassistant professorがassociate, full professorとほぼ同じ機能を持っていて、同じグラントにアプライすることができ、若手教員にも青天井が用意されている一方、ヨーロッパや日本では世代ごとに異なったグラント(若手の方が少額)が用意されてしまっているためです。

■五十嵐ラボでの研究
私たちの研究室はin vivo electrophysiologyを用い、記憶を司る脳回路機構の研究を行っています。マウスの脳に電極を複数留置し、マウスが記憶を行っている際の海馬・嗅内皮質の神経細胞の活動パターンがどう変化するかを明らかにするというものです。脳科学ではElectrophysiologyで脳活動の記録だけを行うという観察主体の研究が長らく続きましたが、近年脳活動の活動を直接操作できるoptogeneticsが開発され記録と操作手法の双方が可能になり、脳回路の機能同定が可能になり始めています。私のラボのウリは、このelectrophysiologyとoptogeneticsを組み合わせた手法を、記憶の中枢である海馬・嗅内皮質で使い、神経回路レベルで解析している世界で数少ない研究室の一つだということです。研究室のもう一つの特徴は、記憶回路の基礎的なメカニズムだけでなく、この知見を用いてなぜアルツハイマー病の記憶疾患が生じるのかを神経回路レベルで研究していることに研究室のもう一つのフォーカスを向けているということです。神経科学はこれまで膨大な基礎的な知見が蓄積され、そろそろその知見を脳疾患メカニズムの解明に活用する必要があると私は考えています。研究室にはアイデアは沢山あり、資金も揃ってきているのですが、アイデアを実現してくれる人材がまだまだ足りていません。一緒に頑張ってくれる方を常時募集しておりますので、興味を持たれた方はぜひ連絡して下さい。

■海外に留学するということ
この海外だよりのコーナーの読者の方々には、おそらく高校生・大学学部生の若い読者さんもいらっしゃることでしょう。近年、とみに若い方の留学する傾向が低下していると言われていますが、これは残念なことだと感じています。そこで、若い方の参考になればと思い、私自身とって海外に出て何がよかったか(そして何がよくなかったのか)を書きだしてみます。
まず、海外へ出て一番大きかったのは、自分の向上心・野心への抑圧を解放できたことでしょう。日本では、小さい頃からみな知らず知らずのうちに野心を抑圧されている教育を受けているように感じています。「自分勝手」という言葉がいい例でしょう。自分勝手は嫌われますよね。社会構造も抑圧的といっていいかもしれません。ヨーロッパも多少抑圧的です。一方、アメリカではあなたが何をしようと、周りはまったく気にも止めません。基本的にみな自分勝手です。でもそれでいいんです、やったもの勝ちです。抑圧を自分から取り除き、自分の創造性は青天井だ、と自分に思い込ませることは、研究者としてなによりも大切なことの一つではないでしょうか。もし私が留学せずに日本に残っていたら、きっとつまらない研究者になっていたでしょう。
二つ目は、海外へ出て、頼れるものは誰もいない、自分自身の力で生きていくしかないと自覚できたことでしょう。日本にいた間は、研究面では指導教官に、生活面では親にと、頼れるものがたくさんあり、真の独立心が育っていなかったように思います。もし助教として研究室に残ったりしていたら、きっと指導教官の庇護に頼る気持ちを長期間持ったままだったでしょう。一度国をまたぐと、過去の関係にはほとんど頼れなくなるので、何もないところからすべてを構築していく必要があります。そういう状況に自分を置くことも、自分には大きな糧となったように思います。研究室を立ち上げる際は、ゼロから自分の研究を作り上げていかなければいけません。野心と独立心は、研究者にとって大変重要なメンタリティーで、私の研究室の大学院生・ポスドクを見ていますと、この二つが十分育つことがよい研究者になる必要条件であるように感じています。
よくなかったこと...親や旧友に頻繁には会えないこと。しかし、いまはスカイプがありますし、これは国内で離れたところに住んでいれば同じことでしょう。アメリカに留学すると食事がおいしくない(「メシマズ」)と揶揄する声を時々耳にしますが、そんな人にはノルウェー留学をしたあとにアメリカに移ることをぜひおすすめします。アメリカ(特に西海岸)は天国ですよ!
留学するメリットが、第一線の科学を経験することにあり、日本の科学がトップレベルになった現在そのようなメリットは失われたと思う方もいらっしゃるかもしれません。しかし、留学の最大のメリットは自分自身のメンタリティーのさらなる育成にあり、これはいつの時代でも必要なことではないかと思います。


■終わりに
日本では、若い方のあいだで、研究者になるのは苦労が多く、報われないキャリアパスなのではないか、という忌避感が生まれているように最近感じています。博士課程では無給、教員になっても薄給、雑務が多く、研究費もじり貧。。。しかし、一番の問題は、私と同年代以上の教員の方々にも切迫感が漂いはじめていることではないでしょうか。大変だ、大変だ、と上の世代が言っていたら、下の世代は付いてくるのをためらいますよね。私たち前を走るものが、「研究者って楽しくてたまらない!」という後ろ姿を見せ続けることが、後に続く世代を引きつけるのではないでしょうか。私が学生の頃は、先生方はとても楽しそうにしておられましたし、そんな先生方をみて、自分もあんな風になりたい、と思ったものです。そんなわけで、アメリカでの研究稼業がどれだけ楽しくてたまらないかを少々。日本の先生方、決して自慢したい訳ではありませんので、どうぞ気を悪くされないでください。
まず大学院生にとって、アメリカは天国です。博士課程に入れば、十分生活出来る程度の給料(年300万円程度)は補償されますし、授業料はボスが出してくれます(ちなみに、ノルウェーの大学院生なら年に600万円もらえ、子供が生まれれば1年の有給育休も付きますので、ノルウェーの大学院生は非常にお勧めです)。ポスドクの給料は日本とそれほど変わりませんが、ポスドク後の教員採用や企業就職の可能性は日本より遙かに高いので将来におびえることはありません。
大学教員になれば、assistant professorでも一軒家が買える程度のそれなりの給料がもらえますし、グラントを取れば数百万円の単位で給料を上げることもできます。シニア教員になれば年収2000-3000万円はもらえますし、一度テニュアを取れば定年はないので、この給料をもらいながら死ぬまで研究を続けることもできます。以上が生活基盤。研究面では、assistant professorレベルでもNIH R01 (1.3億円、5年間、更新可能)を数個とることが可能ですし、科学の中心地に身を置いて自分の研究を好きなだけ進めることができます。講義、事務仕事、会議もそれほど多くはなく、80%程度の自分の時間をサイエンスに集中することができます。どうです、楽しいことばかりでしょう?
海外での経験は、ほぼ間違いなくあなたをより良い研究者に育てるはずです。海外でのサイエンスが楽しそうだと思ったあなた、ぜひ留学しませんか!!研究留学について相談をしたい方は時間の許す限り返事をするように致しますので、メールを送って下さい。
2020.01.31

海外だより№2 後藤彰さん(ストラスブール大学)

所属:ストラスブール大学、フランス国立科学研究所(CNRS)、昆虫自然免疫モデルユニット(M3I; UPR9022)
University of Strasbourg, CNRS, Insect Models of Innate Immunity (M3I; UPR9022).
タイトル:ショウジョウバエをモデル生物として用いた自然免疫シグナル伝達経路の研究

 現在、私はフランス国立保健衛生医学研究所(INSERM)の主任パーマネント研究員として、フランス・ストラスブール大学で働いています。名古屋大学院時代は、故・北川康雄教授および門脇辰彦准教授の下で、ショウジョウバエの培養細胞から、ヒトの血液凝固因子の一つであるvon Willebrand factor(vWF)と相同性を有するHemolectin(Hml)を発見しました(Goto et al., 2001 and 2003)。この博士研究をきっかけにして、自然免疫の研究分野に魅了されました。当時から有名であったPr. Jules Hoffmann(2011年ノーベル医学生理学賞を受賞)に直談判の手紙を書き、ポスドクとしてPr. Jean-Marc Reichhartのチームで働きました。その間、ショウジョウバエの自然免疫経路の一つであるImmuno deficiency (IMD)経路の活性化に関わる新規核内因子Akirinを同定しました(Goto et al., 2008)。日本に帰国後は、理化学研究所の藤井慎一郎先生のもとで、哺乳類を用いた自然免疫研究について多くのことを学びました。この経験を生かして、またショウジョウバエを用いた研究に戻り、東北大学の倉田祥一朗教授のもとで、細胞内寄生細菌リステリアの感染防御に関わるListericinを見つけました(Goto et al., 2011)。その後、フランスに戻り、Pr. Jean-Luc Imlerと共に、抗ウイルス反応に関わる新しい経路(dSTING-dIKKβ-NF-κB)とその経路が調節する新しい抗ウイルス因子Nazo(謎)を同定しました(Goto et al., 2018)。
 このように私は、これまで自然免疫シグナル伝達経路の分子機構の解明を目的として、様々な病原菌(細胞外細菌、カビ、細胞内細菌、ウイルス)を用いて研究を続けてきました。学位取得後から、ポスドクと特任助教を経て11年後にポジションを取りました。苦しかった時期もありますが、多くの興味深い研究テーマに携わることによって、たくさんのことを学び経験を積むことができました。当研究室は、ショウジョウバエおよび蚊を用いた自然免疫の研究に精通した有能な研究者が多く所属しています。ほぼ毎週、研究所内セミナーや招待講演セミナーなども開かれ、日本を含め外国との共同研究も盛んに行われています。
 ストラスブール市は、 45万人ほどの中規模都市ですが、多くの歴史的な建物もあります。旧市街のプティットフランス、欧州会議場、大聖堂など、見どころ満載です。 美味しいワインとアルザス料理も楽しめます。ドイツのケール市は車で15分ほどで、ドイツの美味しいビールや料理も楽しめます。住みやすい街です。
 2015年にはHDRも取得したので、少人数ではありますが、新しく抗がん免疫の研究プロジェクトに挑戦しています。興味深いデータも出始めてきたので、現在ポスドクを募集中です。ご興味のある方は、是非ご連絡ください!

主な論文:
1.Goto A*, Okado K, Martins N, Cai H, Barbier V, Lamiable O, Troxler L, Santiago E, Kuhn L, Paik D, Silverman N, Holleufer A, Hartmann R, Liu J, Peng T, Hoffmann JA, Meignin C, Deaffler L, Imler JL*. The kinase IKKβ regulates a STING and NF-κB-dependent antiviral response in Drosophila. Immunity 49:225-234. (2018) * Corresponding authors.
2.Goto A*, Fukuyama H, Imler JL, Hoffmann JA. The Chromatin Regulator DMAP1 Modulates Activity of the Nuclear Factor κB (NF-κB) Transcription Factor Relish in the Drosophila Innate Immune Response. J. Biol. Chem. 289:20470-20476 (2014) * corresponding author
3.Goto A, Yano T, Terashima J, Iwashita S, OshimaY, Kurata S. Cooperative regulation of the induction of the novel antibacterial Listericin by PGRP-LE and the JAK-STAT pathway. J. Biol. Chem. 285:15731-15738 (2010)
4.Goto A, Matsushita K, Gesellchen V, Kuttenkeuler D, Takeuchi O, Hoffmann JA, Akira S, Boutros M, Reichhart JM. Akirins are highly conserved nuclear proteins required for NF-κB-dependent gene expression in drosophila and mice. Nat. Immunol. 9:97?104 (2008)
5.Goto A, Blandin S, Royet J, Reichhart JM, Levashina EA. Silencing of Toll pathway components by direct injection of double-stranded RNA into Drosophila adult flies. Nuc. Acid Res. 31:6619-6623 (2003)
6.Goto A, Kadowaki T, Kitagawa Y. Drosophila hemolectin gene is expressed in embryonic and larval hemocytes and its knock down causes bleeding defects. Dev. Biol. 264:582-591 (2003)
7.Goto A, Kumagai T, Kumagai C, Hirose J, Narita H, Mori H, Kadowaki T, Beck K, Kitagawa Y. A Drosophila hemocyte-specific protein, hemolectin, similar to human von Willebrand factor. Biochem. J. 359:99-108 (2001)
2020.01.06

海外だより№1 服部太祐さん(University of Texas Southwestern Medical Center)

University of Texas Southwestern Medical Center
Departments of Physiology and Neuroscience

Assistant Professor 服部太祐(Daisuke Hattori)

Web: www.utsouthwestern.edu/labs/hattori/
Email: daisuke.hattori@utsouthwestern.edu
日本発生生物学会員の皆様、こんにちは。私は東大理学部生物学科の平良眞規先生の研究室にて卒研を行って学士を修了し、UCLAのLarry Zipursky先生の研究室で博士を取得しました。その後、Columbia大学のRichard Axel先生の研究室でポスドクをし、約一年前よりUT SouthwesternのDepartments of Physiology and NeuroscienceでAssistant Professorとしてラボを運営しています。

私が生物学に興味を持ったきっかけは、当時私立東海高校の生物教諭だった宮地祐司先生の授業を受けたことでした。宮地先生は、教科書に載っている事象はどのような実験を経て立証されたのか、という観点から授業をされました。この授業を通して、観察に基づき仮説を立て、実験をデザインし、結果を検証する、という研究活動のロジックの面白さに感銘を受けました。特に分子生物学と神経科学に興味を持ちました。感情・記憶・思考など人間性の根幹を規定する脳の機能まで、分子でできた神経回路の活動によって制御されている。その仕組みを知りたい、という好奇心が、研究職を目指した原点です。

大学では神経の初期発生を勉強したいと思い、卒研生として平良先生の研究室でアフリカツメガエル予定中脳後脳境界領域に特異的に発現するbHLH型転写抑制因子XHR1の下流遺伝子の同定に関わりました。初めて自分の手を動かしての研究は、信じられないほど面白く、またジャーナルクラブなどでの議論もとても刺激的で、研究をずっとやっていきたい、と確信することとなりました。とても未熟だった私に、時間を惜しまず丁寧にご指導くださった平良先生、並びに平良研の先輩・後輩の先生方には、この場を借りて深くお礼を申し上げます。

大学卒業後は修士課程で平良研に3ヶ月在籍したのち、米国カリフォルニア州ロサンゼルスにあるUCLAの博士課程に進学しました。博士課程からアメリカへ来た理由は二つあります。一つ目はサイエンスです。平良研在籍まもない頃、国際発生生物学会がちょうど日本国内、京都で開催され、私も参加することができました。その基調講演でCory Goodman先生の軸索誘導の話を聞き、神経回路形成の分子機構にとても興味を持ちました。二つ目はアメリカの多様性です。私は大学時代に海外をバックパッカーとして貧乏旅行しましたが、その時にアメリカならではの多様性、そしてその多様性に対する寛容さを、直に体験することができました。様々なバックグラウンドを持つ人々が集まる環境で面白い研究をしたい、と思ったのがアメリカ行きを決めた背景でした。

大学院では神経回路形成の分子機構を研究しました。ちょうどZipursky研で38,016種類の一回膜貫通型タンパク質アイソフォームを選択的スプライシングによりコードするショウジョウバエの遺伝子、DSCAM1が同定された頃で、この分子の軸索誘導における役割の研究が盛んに行われていました。私はアイソフォーム多様性の神経回路形成における機能をテーマに研究しました。この研究を通して、DSCAM1アイソフォームの多様性は、個々のニューロンに特異的な分子標識を与え、それによってニューロンが自己と非自己を認識し分けることを可能にしていることが分かりました。このDSCAM1アイソフォームによる選択的自己認識とその結果生じる反発シグナルは、一つのニューロンから枝分かれする軸索末端や樹状突起がそれぞれ交差せずに効率良く標的領域に分布する現象、self-avoidance(自己交差忌避)を制御しています。のちの研究で、脊椎動物ではProtocadherin(Cadherin-related neuronal receptors)の多様性がDSCAM1と同様の作用機序を介してself-avoidanceを担っていることが分かっています。従って、ショウジョウバエを使った研究によって神経回路形成における種を超えて重要な現象の分子機構が明らかにされた、と言えると思います。

大学院卒業後は神経回路の構造とその機能を研究したいと思い、米国ニューヨークのColumbia大学、Richard Axel先生の研究室にポスドクとして加わりました。Axel先生は、生物学はもちろん、古典や文学にも大変造詣深く、またとてもユーモラスな方で、先生に会うのが楽しみな毎日を送ることができました。研究はショウジョウバエの嗅覚系においてどのように学習がなされ、その記憶が形成されるか、という命題をもとに行いました。学習・記憶に重要なキノコ体神経回路構成ニューロンの包括的同定をJanelia Research Campusの麻生能功先生と共同研究で行い、また、はじめて経験する匂いと既知の匂いとを識別する神経回路のドーパミン依存的作用機序を、新しい行動実験系の確立と一細胞単位での神経活動の記録・改変をもとに明らかにしました。ポスドクの時の仕事の詳細は日本神経科学会の2月号ニュースに研究室紹介として寄稿したので、そちらを参照ください。

これらAxel研におけるポスドク研究の結果をもとにアメリカで職探しをし、昨年末より研究室の運営を始めました。UT Southwesternはテキサス州ダラスの街にあります。テキサス、というと荒野が延々と続いている西部劇のような印象を持っていたため、大都市ばかりに住んだあとだったこともあり、一抹の不安もありました。しかし実際に来てみると、ダラスは全米第4の人口を誇る都市圏の中心都市で、いくつも美術館・劇場がある文化的な街であると分かりました。人種多様性も高く価値観もリベラルで、アメリカ大都市ならではの自由な気風を感じられます。UT Southwesternはノーベル賞学者を今までに6人輩出しているメディカルスクールで、特に若手研究者への支援が手厚いことで知られています。この良い環境を生かして、オリジナリティーとインパクトのある研究を、楽しくやっていきたいと思っています。研究室の方向性としては、動物がどのように予測外の現象を効率的に感知するのか、また、動物の内的欲求が、どのように欲求対象の探索行動を制御するのか、という命題をもとに、その作用機序を新しい行動実験系の開発と、分子・神経活動の記録・改変を通して、分子・細胞・神経回路のレベルで明らかにしていきたい、と思っています。それ以外にも様々な研究テーマがありますので、大学院・ポスドクなど興味のある方は気軽に連絡ください。また近くにお立ち寄りの際にはラボ見学など歓迎します。どうぞ、声を掛けてください。

最後となりますが、恩師の先生方、お世話になった同僚・共同研究者の先生方、また、このメッセージの執筆をお誘いいただいた、東大理学系研究科長・日本発生生物学会長の武田洋幸先生に、心よりお礼を申し上げます。今後ともどうぞよろしくお願いいたします。
実験中のラボメンバー