2026.07.21

海外便り№21 松林完さん (Bournemouth University)

松林完さん
Senior Lecturer in Systems Biology; Programme Lead, BSc (Hons) Biological Sciences
School of Life and Environmental Sciences
Faculty of Health, Environment & Medical Sciences
Bournemouth University
UK
大学教員とかけて、野良犬と解く。その心は、マーキングに大忙しです。

初めまして。私は2008年末に英国に移住し、ブリストル、マンチェスター、ロンドンと複数のポスドク経験を経て2021年からボーンマス大学(Bournemouth University, BU)で教員をしております松林 完(まつばやし ゆたか)と申します。ボーンマスはロンドンから西へ電車で2時間、ロンドンを東京とすれば鎌倉や茅ヶ崎のような、「英国の湘南」といった感じの海辺の観光地です。ここで私はビーチなどには目もくれず、5月後半から7月初めまで学部生の試験・レポート・卒業論文の採点(マーキング)に追われておりました。海外で独立といえば、ポスドク時代に華々しい論文を出して教育義務の少ない研究所や大学でラボを開く、という皆様が目立ちますが、私はそのルートとは違う、研究よりも学部教育義務の重い地方中小大学の教員です。また私生活では中国出身の妻と国際結婚し、2歳の娘がいます。以下、海外における日常生活の一例として、私の経歴や経験をご紹介させていただきます。
研究者・教員として
私は大学院以来、核細胞質間物質輸送・MAP kinaseシグナリング・神経発生・創傷治癒・細胞外マトリクス(ECM)などの研究分野を渡り歩いてきました。「転石苔むさず」の悪い例です(苦笑)。現在はパーマネントの職を得て、ECM、特に基底膜の発生とコラーゲン修飾酵素の研究に腰を落ち着けたいと思っています。

教育の面では、現在学部3年生(英国の最高学年)の「システム生物学」と、「0年生」とでもいうべきfoundation year(「予科」。大学入学資格を満たさない学生向けの準備課程)の「生物学入門」を責任者として担当し、そのほか2年生向け「生化学」の半分、「進化生物学」や「遺伝学」の一部講義も受け持ち、来年度の担当科目はさらに増えそうです。これらに加えて3年生の卒業論文の指導があります。

「転石苔むさず」は私生活でも同じで、これまで剣道をしたり沖縄音楽を習ってみたり、いろいろな本を乱読したりしてきました。しかし振り返ってみれば、公私共に転がり続けてきたことが授業の幅を広げることにつながりました。研究分野に関していえば複数の科目を担当できますし、趣味ですら授業の役に立ちます。たとえば予科の「生物学入門」で関節と筋肉の働きを説明する前に、柔道黒帯の日本人学生に頼んで私に「腕ひしぎ十字固め」をかけてもらい、また私が彼に剣道の関節技(試合で使うことはないが、形 [かた] として継承されている)をかけるデモをしました。両者柔道着・剣道着を着用し、見た目のハッタリも万全です。そこで「なんでこの技をかけられた人は肘が動かせなくなるのかな?」と話を始めると、授業前にはだるそうにしていた学生たちの目が輝き、ここからアクチンとミオシンの話にまでつなげていきます。来年度は顕微鏡や蛍光に関する講義に三線を持っていき、チューニングを変えながら音波を例に光の波長・周波数・干渉の説明をする計画です。

予科の学生たちはまだ「生徒」感が強く、そもそも研究や勉強など想像もしていない「子」たちが多くいます。集中力も高くなく、私語を止めるよう注意することもたびたびです。このような状況では彼らの興味を繋ぎとめることがまず何よりも重要で、授業の冒頭や中だるみ時の「無駄話」が実は無駄ではなくてその日の講義の学習課題を印象付けるものになるよう、日々過去の経験を総動員して努力しています。一方、より大人になった3年生の授業や卒業論文指導では直近の論文の内容を紹介するなど「まじめ」にやればいい、こちらとしては楽な部分が多くなり、楽しさを保つ努力はしつつも結構大変な計算をしてもらったりしています。このあたりの匙加減や、学生の成長を見るところに教育の醍醐味を感じています。

しかし授業に追われていると、あるいは充実感を感じてのめり込みすぎると、研究の時間があっという間になくなります。そして私の「研究室」には大学院生もポスドクもいません。前述したように私の勤務先は学部教育中心の大学なのです。このような状況では、「教育」が「研究」に直結する仕組みづくりが不可欠です。たとえば現在進行中の研究で用いている技術を講義すれば自分自身の考えを整理でき、講義のスライドが論文の図の下描きになることもあります。卒業研究(卒研)の学生さんたちには論文の共著者になってもらうべく実験やインフォマティクス解析を割り振ります。その指導は「研究」でなく「教育」の範疇ですから、教育という「本業」をおろそかにすることなく研究ができます。

卒研生に研究を割り振るなんて当たり前、と思われるかもしれませんが、英国ではそれほど当たり前ではありません。学部が3年しかないので、新3年生たちは事前知識が足りない状態で卒研を始め、講義を受けながら研究をしないといけません。そのため当初は学生に課題を与えるよりも彼らの方から提案された文献研究などを指導していたのですが、それでは研究対象が散漫になり自分のためにも学生のためにもならないとわかったので方針を転換しました。しかし1年で卒業してしまう学生たちを毎年最初から指導するのはなかなか大変で、先輩院生やポスドクが初心者指導を手伝ってくれたら、と思います。そんな考えが浮かんだときは、まずは院生・ポスドクを雇う研究費を獲得しなければ、とハングリー精神を高めています。

夫・父親・「外国人市民」として
次に大学外での経験をいくつかご紹介したいと思います。

なんといっても、今は2歳の娘が生活の中心です。出産に立ち会いましたが、出てきた娘の顔がエコーで見ていた通りだったので非常に驚きました。しかし同じ顔が当たり前のはずなので、今から思えばなぜ驚いたのかよくわかりません。母子の体調を強く心配していた精神状態のせいでしょうか。臍の緒を切らせてもらえたことも大事な思い出です。あんなに硬い構造物だとは!見た目は柔らかそうなのに、ハサミを入れるとまるでゴムホースのようです。何のマトリックスでできているの?と担当医に聞きそうになりましたがやめました。

英国には国民健康サービス(NHS)という皆保険制度があります。娘が生まれたのもNHSの病院です。NHSは財政・人員が逼迫し、妻は誘導分娩のための入院が延期されたり、いざ誘導をかけたら陣痛がきたのに無痛分娩の麻酔がすぐに受けられなかったりと大変なこともありました。私は陣痛待ちから退院まで病院に泊まり込んだほぼ1週間、ベッドが与えられず椅子で寝ていました。妻の苦労に比べたら大したことはありませんが、今後英国での出産立ち会いをお考えの男性諸氏には心の準備をおすすめいたします。女性各位には私の分を超えた助言やおすすめなどできようもありません。ただただご安産をお祈りいたします。

我が家は日本人の私と、中国出身で英国に帰化した妻の国際結婚です。妻がロンドンで仕事をしているため、私は妻と娘をロンドンに残してボーンマスに単身赴任し、週末だけ家族のもとに帰っています。帰るたびに娘の中国語が上手くなっており、日本語をどう教えようかと考えています。先輩国際結婚カップルから強めのアドバイスがあり、「妻と私はそれぞれ中国語、日本語だけで娘と話せ。それが各言語を定着させるコツだ。娘と一対一で英語を話すな、英語は幼稚園や学校で勝手に身に付く」ということでした。参考文献を確認していませんが(笑)、納得できる意見に思えましたのでこれを実践しています。しかし娘は妻と過ごす時間が圧倒的に長いため日本語学習がずいぶん遅れており、私は地道に日本の童謡を娘と一緒に歌うなどして頑張っています。娘が将来3つの言葉を使ってどうやって生きていくのか、まだまだ見通せませんが道が開けるよう妻と共に努力していきたいと思っています。

英国では、我々家族は移民とその二世です。移民・外国人に対する風当たりが日増しに厳しくなる現在、娘が将来それで苦労しないように強く願っていますが、社会全体の動きは個人でコントロールできない部分が多く不安を消すことはできません。私も差別を受けたことは少ないのですが残念ながらあります。「若く」「弱く」見えるとターゲットにされることがあるので私は髭を伸ばしています。小柄なアジア人女性は路上で口笛を吹かれたりからかわれたりすることもあります。これから移住される方はお気をつけください。

差別をされると頭にくるもので、やり返したり後で愚痴を言って溜飲を下げたくなったりします。それに関して私は一つ後悔していることがあります:日本人として見下されたから、相手の出身国の悪口を言ってしまったことです。その直後、その同じ国から来た素晴らしい友人のことを思い出して大変申し訳なくなりました。人は頭に血が上るとやられたことをそのままやり返したくなりますが、「〇〇人のくせに!」というやり合いは全く不毛です。その落とし穴に二度と落ちないように気をつけています。

このように、ロンドン・ボーンマスでの生活には一部不安や軋轢もありますが、普段の生活は概ね安全で楽しみも多いものです。我々夫婦は、娘を連れて公園などへ行くなかで知り合った多国籍のママさん・パパさんや子供たちとさまざまな情報交換をしながら前向きに生きています。娘も遊びや勉強、習い事を通じて、いろいろな友達を作り自分の世界を広げていってほしいと願っています。

以上、私の限られた滞英経験をご紹介しました。皆様の「参考」になるほど立派な経験ではありませんし、中には反面教師にしていただいたほうがよい話もあるかもしれません(笑)。「参考」というよりは、これから移住を控えている方や、すでに海外で生活されている方々に、「なるほど」「あるある」と肩の力を抜いて読んでいただけるような文章になっていれば幸いです。
英国の「湘南」、ボーンマス海岸で娘と
2026.07.10

海外便り№20 矢ヶ崎怜さん (University of Michigan (MCDB))

矢ヶ崎怜さん
Postdoctoral fellow, University of Michigan (MCDB)
はじめに、このような執筆の機会をいただきました発生生物学会に感謝申し上げます。ミシガン大学分子・細胞・発生学部(MCDB)Huycke研究室にてポスドクをしております矢ケ崎と申します。昨年5月に研究室にジョインし、ちょうど一年が経ちました。私自身、これまで海外だよりを楽しく拝見しておりましたので、拙い経験ではありますが、どなたかの参考になればと思い筆を執らせていただきます。

簡単に経歴をご紹介しますと、学部時代は県立広島大学生命環境学部の菅裕教授のもとで、単細胞から多細胞への進化の理解を目指し、両者に共通して存在する遺伝子が単細胞生物において果たす機能の解析に取り組みました。その後、発生生物学に興味を持ち、修士・博士課程では京都大学理学研究科の高橋淑子先生のもと、ニワトリ胚を用いた腸の蠕動運動研究を行いました。この研究を通して定量的計測手法に関心を持つようになり、博士取得後は金沢大学ナノ生命科学研究所の奥田覚准教授のもと、最新の原子間力顕微鏡(AFM)を用いて神経細胞内構造の力学特性の計測を行いました。そして現在はHuycke博士のもと、再び腸の研究に戻り、マウス胚を用いて腸上皮構造がどのように形作られるのかについて、遺伝学的・力学的アプローチの両面から研究しています。

Huycke研究室では、消化管上皮の発生と再生の原理を遺伝学および力学の両面から統合的に理解することを目指し、日々研究に取り組んでいます。2025年1月に立ち上がった新しい研究室で、私は最初のポスドクとして加わりました。2年目となった現在は新たに2人の博士課程学生が加わり、計6名の研究室となりました。また、数名の学部生も研究活動に参加してくれています。人数が増えたことで新たなルール作りが必要になったり、それぞれがラボ内で役割を担うようになったりしています。また、ジャーナルクラブの進め方や頻度なども含め、新しい研究室だからこそ様々なことを皆で相談しながら試行錯誤しています。研究室の立ち上げ期に参加できたことは、私にとって非常に貴重な経験になっています。

自身の研究では、大腸陰窩の構造形成機構について、トランスジェニックマウス胚を用いて研究しています。器官培養やライブイメージングに加え、ナノインデンテーション試験による力学計測などを組み合わせながら、遺伝学的・力学的な両側面からその理解を目指しています。また現在は、組織構造の定量解析にも取り組んでおり、最適な手法の検討を進めています。

Huycke研究室に加わることになったきっかけは、修士・博士課程の指導教員である高橋先生にご紹介いただいたことでした。論文リビジョンのため高橋研究室に戻って実験していた際、「ポスドクを探しているらしいよ」と声をかけていただきました。海外で研究することについては、先生方からお話を伺う機会も多く、以前から漠然と挑戦してみたいと思っていました。PIの研究テーマは同じ「腸」を対象としており、以前から論文も拝読していたため、新たに研究室を立ち上げると聞いた際には非常にワクワクしたのを覚えています。これまでの解剖学的操作の経験やAFMの経験を評価していただき、幸いにも研究室に参加することができました。

また個人的に大変幸運だったと感じているのは、PIの研究室立ち上げ資金によって雇用されたことです。現在のアメリカでは研究予算を取り巻く状況が厳しく、自身でフェローシップや外部資金を獲得することが求められるケースも少なくありません。そのような状況の中で、立ち上げ期ならではの環境で研究を始められたことは大変恵まれていたと感じています。

さて、そのような充実した研究生活を送っているミシガン大学ですが、ミシガン州アナーバーという大学街にあります。デトロイト空港から車で30分ほどの場所にあり、リスやウサギ、色鮮やかな鳥などをよく見かける自然豊かな環境です。大学街ということもあり、比較的安全で落ち着いた雰囲気があります。ローカルのコーヒーショップも多く、最近はカフェ巡りにはまっています。夏は非常に過ごしやすく、朝晩は涼しいため、あまりエアコンを使う必要がありません。一方、冬は非常に厳しく、気温が−20℃を下回ることもあります。ただし除雪体制が整っているため、意外と問題なく生活できます。また、アメリカでは車が必須というイメージがありますが、実は私はまだ車を所有していません。研究室まで徒歩圏内に住んでおり、街中や郊外の主要なショッピングセンターへ向かうバスも充実しています。大学のカードがあれば無料で利用できるため、今のところ大きな不便は感じずに生活しています。

このように恵まれた環境の一方で、海外での研究生活における大きなハードルの一つは、やはり語学だと思います。私自身、もともと英語は得意ではありませんでしたが、発生生物学会年会の英語化をきっかけに英語を意識するようになりました。国際学会など英語を使うたびに自分の力不足を実感し、そのたびに必要に迫られる形で勉強してきました。実際に現地に来てみると、「意外となんとかなるな」と感じる一方で、「もっと伝えたいことがあるのにうまく言えない」というもどかしさもあります。日常生活では教科書には載っていない表現を耳にすることも多く、地域ごとの話し方の違いや個人の話し方の癖など、言語の奥深さを実感しています。また、文化的背景や地理的な知識が十分ではないため、会話の内容を完全に理解することの難しさを感じる場面も少なくありません。

それでもこの一年、研究室内でのコミュニケーションだけでなく、大学主催の英会話サークルや地域の人とのパブリックスピーキングの会にも積極的に参加してきました。一年ほど経った頃にPIから「成長したね」と言ってもらえたときは、ほっとすると同時に、まだまだ頑張らなければと気が引き締まりました。また、英語が母語の人であっても「唯一の正しい英語」があるわけではないことを、地域の方との交流を通して教えてもらいました。せっかくの機会ですので、学べるものは何でも吸収しながら、様々なバックグラウンドを持つ方々との交流を楽しんでいきたいと思っています。

さらに、異国での生活を支えてくれるコミュニティの存在も大きいと感じています。MCDBには私を含め現在3名の日本人ポスドクがおり、地域にも日本人コミュニティがあります。英語に疲れたときや、異国での生活に関する悩みを相談したり、日本食が手に入る場所などの情報交換をしたりしています。日本にいるときにはあまり意識しませんでしたが、異国の地で日本人同士が交流し、ほっと一息つける場があることのありがたさを改めて感じています。

このように、ミシガンでの生活は研究面・私生活の両方において新しい発見と挑戦の連続ですが、周囲の温かいサポートに支えられながら充実した日々を送っています。ラボの立ち上げという貴重な経験や、異なるバックグラウンドを持つ人々との出会いは、何物にも代えがたい財産になっています。振り返ってみると、私自身に明確な将来設計があったわけではありません。その時々で目の前の研究に真剣に向き合い、発表の機会があれば積極的に挑戦し、多くの方々とのご縁や支えに恵まれた結果として、今回の海外留学につながったのだと感じています。私の経験が、新しい環境への挑戦を考えている方にとって、一歩を踏み出すきっかけになれば幸いです。

末筆ではございますが、日本発生生物学会の益々のご発展と、会員の皆様のご健勝とご活躍を心よりお祈り申し上げます。
Huycke研究室の集合写真。中央が研究室主宰者(PI)のDr. Tyler Huycke。
2026.01.06

海外便り№19 鹿谷有由希さん (ヴィルフィランシュ海洋研究所(IMEV))(現・兵庫県立大学)

鹿谷有由希
Postdoctoral fellow, ヴィルフィランシュ海洋研究所(IMEV)(現・兵庫県立大学)
はじめまして。フランスのニース近郊にあるヴィルフィランシュ海洋研究所(IMEV)の発生生物学ユニット(LBDV)にてポスドクをしておりました、鹿谷有由希と申します。約2年という短い滞在期間ではありましたが、私の経験が海外留学を考える際の参考に少しでもなれば嬉しく思います。

海外ポスドクまでの経緯
 海外留学を考える際、どうやってラボを見つけて、どうやって受け入れてもらったのか、が気になるポイントの一つかと思います。ただ、この点は人それぞれかと思いますので、こんなパターンの人もいるんだな、とお読みいただければと思います。
 私の場合、博士号取得後は海外で研究をしてみたい、と漠然と思っていたものの、恥ずかしながら何か積極的に行動をするわけでもなく、ただとりあえず英語の勉強をしていたくらいでした。そもそも英語に強い苦手意識のあった私は、海外ポスドクなんて夢のまた夢とどこかで思いながら、それでも海外に行ってみたいと口にしていたことが、回り回って自分の背中を押してくれたように思います。
 結果的に海外でポスドクをすることができたのは、いくつもの幸運が重なったおかげでした。
 中でも最大の幸運は、指導教官である高橋淑子先生(京都大学)のご縁です。私は高橋先生のもとで、ニワトリ胚を用いた胚発生過程における腸管運動の確立メカニズムについての研究で博士号を取得しました。もともと器官形成全般に興味があるのですが、腸管の発生は想像以上に面白く、博士号取得後はより進化的な観点から腸管運動の確立メカニズムや腸管の形態形成メカニズムを研究したいと考え、無脊椎動物をモデルとした研究を行うことのできるラボを探していました。そのことを高橋先生にご相談したところ、私が海外に行ってみたいと言っていたことを覚えていてくださっていたこともあり、LBDVのCnidarian developmental mechanismsチームのチームリーダーとしてクラゲClytia hemisphaericaを用いた研究をされている百瀬剛先生をご紹介いただきました。さらに幸運なことに、百瀬先生の方でも、Clytiaのポリプ形成時に見られる運動について新規のプロジェクトを立ち上げたいと考えておられたところでした。Clytiaのポリプは体のほとんどが腸管のようなもので、まさに私の興味であるより原始的な腸管の形態形成メカニズムの研究ができるではないか、とポスドクとしてプロジェクトに参加したい旨をお伝えしたところ、フェローシップを獲得できたら、という条件で受入を許可していただきました。
 ただ、準備の悪かった私は、その時点ですでに卒業年度の7月を過ぎていたため海外学振の申請に間に合わず、上原記念生命科学財団、東洋紡バイオテクノロジー研究財団、内藤記念科学振興財団の海外留学助成に応募しました。結果的に東洋紡バイオテクノロジー研究財団から援助をいただくことができ、11月頃になってようやく卒業後の行き先が決まった、というような慌ただしい一年でした。
LBDV(Le Laboratoire de Biologie du Développement de Villefranche-sur-mer)について
 LBDVは、パリから飛行機で1時間ほどのところにあるニース市の、さらに隣にあるヴィルフランシュ=シュル=メールという小さな町にある海洋研究所です。ヴィルフランシュは聞いたことがなくても、南仏のコート・ダジュール(紺碧海岸)という言葉に聞き覚えがある方は多いのではないでしょうか。リゾート地として有名なコート・ダジュールの真っ只中に位置するヴィルフランシュは、真っ青な地中海に面した美しい港町です。LBDVもすぐ裏手が浜になっており、研究所所有の船で採集ができたり、夏には海水浴を楽しんだりできます。
 LBDVでは、クラゲ、ウニ、ホヤなど海産無脊椎動物を用いた発生生物学・進化発生生物学の研究が行われています。LBDVはCNRS(フランス国立科学研究センター)とソルボンヌ大学によって共同運営されていますが、研究者はフランス国内に限らず、ヨーロッパを中心に様々な国から集まっています。加えて、特に博士課程の学生やポスドクは研究室間の交流も盛んで、様々な文化・研究が身近にあることはとても刺激的でした。昼食後のコーヒータイムでは、世間話からディスカッションまで、様々な話題で盛り上がります。LBDVは良い意味でのんびりとしていて、のびのびと研究に打ち込むことのできる環境だと思います。もしご興味のある方は、ぜひホームページをご覧ください。
https://lbdv.imev-mer.fr/en/
ニースでの生活について
 「フランス留学」で調べると、おそらくほとんどがパリの情報かと思います。そこでせっかくの機会ですので、ニースでの生活を簡単にご紹介したいと思います。
 先にも書いたように、ニースは地中海に面したリゾート地です。海外旅行のパンフレット等で目にした方もいらっしゃるのではないでしょうか。夏の日差しは強烈ですが、日本と違って湿度が低いのでどことなく爽やかですし、もともとニースはヨーロッパの王侯貴族の避寒地として発展した街ですので、冬は温暖で非常に過ごしやすいです。そのせいか街全体も明るくおおらかで、治安はとても良いです。私はニースからトラムとバスで研究所に通っていましたが、不安を感じるようなことは一度もありませんでした。英語はパリと比べると通じませんが、渡航前に半年間フランス語教室に通っただけ、という私でもなんとかなったので、非英語圏への渡航を考えている方もそこまで心配しなくて大丈夫だと思います。日常生活においては、元気な挨拶と笑顔があれば乗り切れます(と思います)。
 ただ、観光地であるがゆえに、アパート探しは難航しました。私が渡航したのはバカンスシーズン直前の6月だったのですが、多くのアパートはすでにバカンス客に借りられてしまっており、ようやくアパートが見つかったのは3ヶ月後のバカンスシーズンが終わった9月のことでした。フランスの場合は不動産会社経由ではなく、個人間で部屋を貸し借りすることの方が多いそうです。私が借りた部屋も、LBDVの事務の方が学生向けの賃貸として個人で所有していたもので、ここでも頼りになるのは人の縁だと痛感しました。ちなみに自分のアパートが見つかるまでは、バカンスやインターンなどで長期で留守にするLBDVメンバーの家に数週間ずつ転がり込ませていただき、渡仏早々、人の温かさに大いに助けられました。
 ニースの物価はやはり高めですが、農業大国らしく食材は手頃な値段で手に入ります。ですので基本的に自炊をしていたのですが、ニースに来て驚いたのはピザ屋の多さです。実はイタリアまで電車で1時間ちょっとの距離にあるニースは、食事も含めてイタリア文化の影響が強く残っていて、フランス語の次によく見かけるのはイタリア語というくらいでした。パリとはまた一味違った文化が楽しめると思います。
フランスへの渡航を考えていらっしゃる方に向けて
 フランスにポスドクとして渡航する場合、Passeport talent-Chercheur(研究者ビザ)を取得することになると思います。このビザの取得には受入機関からのConvention d’accueil(受入承諾書)が必須なのですが、Convention d’accueilを発行してもらうための条件は機関によって様々ですので、この条件は事前によく確認しておいた方が良いかと思います。
 また、フランスは手続きにとにかく時間がかかるので、何事も十分過ぎるほど余裕を見て準備をした方が良いです。そのうえ、連絡が来ないなと思っていたら忘れられていた、ということも珍しくないので、大事なことは念を入れて確認するのがおすすめです。
さいごに
 海外留学を終えて思うのは、ありきたりではありますが、少しでも海外での研究に興味があるのならぜひ挑戦してみた方がよい、ということです。今振り返れば、楽しかったことはもちろん、もっとこうすれば良かったと反省することもたくさんありますが、少なくとも挑戦したという事実は私の中で一つの自信になりましたし、海外の研究者を身近に感じるきっかけにもなりました。もし今、海外留学のチャンスがあって、迷っている方がいるのであれば、ぜひ挑戦することをおすすめします。皆さまの海外留学が実り多いものとなるよう、心より応援しております。

 最後になりましたが、執筆の機会をいただきました入江直樹先生に深く御礼申し上げます。
ニースの紺碧海岸(通称 ”天使の湾”)
ヴィルフランシュ=シュル=メールの街(右手前)と地中海
研究所の中庭で開催された感謝祭のパーティー。手前はターキーを切り分けているところ。
ニースのクリスマスマーケット。移動遊園地がやってきて賑やかです。
2025.09.08

海外便り№18 山川隼平さん (Institute of Zoology and Evolutionary Research Friedrich Schiller University Jena)

山川 隼平
Postdoctoral fellow, Institute of Zoology and Evolutionary Research, Friedrich Schiller University Jena
https://shumpeiyamakawa4848.myportfolio.com/home
1. はじめに
 ドイツのイェーナ大学でポスドクをしている山川隼平と申します。まずは本稿の執筆機会を頂いた入江直樹先生にお礼申し上げます。
 ドイツでの生活も早4年目に突入しましたが、これまで自分なりに楽しく過ごせてきたと思います。本稿の執筆にあたって、何を書くべきかあれこれ迷走したのですが、こちらでの生活のみをお伝えするよりも、多少なりとも他の方に参考になるような事柄を書き留めることにしました。海外と日本の甲乙をつけるような話ではなく、一個人の見解としてご覧いただけると幸いです。

2. 研究と受入先について
 私は筑波大学の和田洋教授のもとで2022年に学位を取得しました。比較発生学や進化発生学が自分の専門分野で、特に海産無脊椎動物を主な材料とした、いわゆる非モデル動物の研究に携わってきました。筑波大ではヒトデやウニなどの棘皮動物を用いていましたが、現在は節足動物や線虫類を含む脱皮動物という分類群を対象に移し、その名に冠する脱皮の進化について研究を進めています。イェーナに渡航して以降、節足動物と比較的近縁なクマムシが、昆虫と同様にエクダイソンホルモンを用いて脱皮を制御していることを明らかにしました(Yamakawa and Hejnol, 2024)。一方で、線虫類においては少なくとも3つの系統でエクダイソン受容体が独立に喪失していることを見出し、別のホルモン受容体による制御が進化的に保存されている可能性を指摘しました(Yamakawa et al., preprint, 2025)。これらに加えて、現在は鰓曳動物や動吻動物等での研究を進めており、包括的な脱皮制御の進化史の復元に取り組んでいます。ご興味がある方は以下の論文をご覧ください。
https://www.cell.com/current-biology/fulltext/S0960-9822(24)01450-7
https://www.biorxiv.org/content/10.1101/2025.01.27.634690v2

 私が暮らすイェーナという街は旧東ドイツ圏に位置する人口10万人程度の中規模な街です。シラーやゲーテなどの名だたる哲学者が教鞭をとった歴史的な大学街であり、また顕微鏡などの光学分野で有名なCarl Zeissの発祥地でもあります。ともあれ、発生学徒にとっては反復説を提唱したエルンスト・ヘッケルのお膝元であったことが最も関心を惹くのではないでしょうか。私の所属であるInstitute of Zoology and Evolutionary Researchはヘッケルが創始した博物館とともに長年動物学的な研究が活発に進められてきました。当時の建物や博物館は今なお健在で、ヘッケルの旧オフィスは現在われわれの分子生物学実験室になっています。歴史的な建物として扱われているために、エアコンをつける工事が難しいなど不便なところも多いですが、博物学的な雰囲気の残る構内を私は気に入っています。
(上) 左からイェーナの街並み, Zoology Institute, イェーナを流れるザーレ川
(下) 自宅近辺で見かけた脊椎動物たち(ハリネズミ、カエル、ビーバー)
受入先のAndreas Hejnol (アンドレアス・ハイノル)教授は動物学・進化発生学界隈では著名な研究者で、特に無腸類や鰓曳動物、箒虫動物、腕足動物、紐型動物など、多くの方が名前も聞いたことのないような様々な分類群を扱ってきました。その根底には、少数のモデル生物の比較だけでは動物の系統を適切に反映できず、進化プロセスの再構築が誤ってしまうという考えがあり、沢山の「マイナーな」生物群の比較解析から、動物の系統や体軸形成、中枢神経の進化など動物学研究の本流とも言えるような対象に様々な考察を与えてきました。私が脱皮進化の研究を始めたのも、このラボの強みを用いつつ、自分の研究として確立できるようなテーマとして適当だと考えた側面があります
 Andreasはとても愉快な人で、ぶらりと私たちのオフィスに遊びに来ては、グラントの話、論文の投稿状態、過去の思い出話、果ては歯医者に行ってきた話などをずらっと話出し、立て続けにジョークを発した後、颯爽とオフィスから出ていきます。あるいは隣のオフィスに同じ話をしに行くこともあります。このような性分こそが、世界中の研究者や研究所との親交を築き、上記で述べたような多様な動物比較を可能にしているように思えます。なかなか真似できるようなことではないのですが、学ぶことは多いです。また申請書きや論文投稿の対応の仕方から雇用まで、熱心にサポートしていただいており、とても感謝しています。
(写真) ハリガネムシ採集に勤しむ著者とAndreas
3. 現在の生活で気に入っていること
 ドイツに来て良かったことの一つは、自分の研究や勉強に割ける時間が増えたことだと思います。その大きな要因としては、ラボの構成メンバーが筑波大在籍時とは大きく変わったことにあります。例えば、現在ラボには3人のテクニシャンと秘書1人が在籍しており、生物の世話や試薬作り、消耗品の発注などにあまり時間が割かれなくなりました。特にテクニシャンの一人は生物の飼育管理が主な仕事で、海水の準備や飼育方法の最適化も図ってくれています。また、現在の私の所属ラボはポスドク中心に運営されており(ポスドク5人, 博士後期課程3人)、後輩への指導などの時間へ割かれることが少なくなりました。私はそのような教育・指導は好きでしたし、むしろ勉強になったので、以前の状態に不満はありませんが、こちらのラボに移ってからはのんびり物事を考える時間が増えました。
 所属ラボの風土的にも各々がのびのびと研究に勤しんでいるように思います。例えば現在ラボではクシクラゲや環形動物、無腸類などを用いながら各人が独立的に研究を進めています。週一で全員参加のラボミーティングはあるものの、結果を随時共有するというよりは、それぞれの進捗は各人に委ねられており、私自身もAndreasと直接的にスライドを見せて研究の話をするのは年に数度くらいの頻度です(当然、細かな相談はもっと頻繁ですが)。またラボの滞在時間も固定されておらず、ライティングやローカルPCでの解析が中心の時は家から出ない週もあったりします。このような体制は、ポスドク中心のラボでこそ成立していると思いますし、良い側面だけではないのも自明ですが、少なくとも現状の私にとっては快適に思います。
 上記の変化は私個人の環境に大きく依存しているのですが、日本から海外に出向く多くの場合に当てはまるとも思います。例えばこちらのラボではテクニシャンやラボマネージャーがいることはそれほど珍しいことではなく、海外でポスドクを送る方はその恩恵を受ける場合が多いと予想します。制度的な仕組みに加えて、時間的な大らかさが日本とは随分と異なるとも感じます。例えば、オフィスにいつ来ていつ帰ることを誰も気に留めない印象を持っており、根本的には他者の行いにケチをつけない、それぞれのペースを尊重する、といったことが重視されている文化の産物に思います。主語を大きく、海外では〜と言うつもりはありませんが、私が現在感じているような時間的な大らかさを日本国内でどれほど感じられるのかは不明瞭に思えます。仕組み的にも精神的にもゆとりがある環境の中で研究を進めることを好む方も多いのではないでしょうか。
(写真) 私の飼育している脱皮動物たち(左から線虫Plectus sambesii,クマムシHypsibius exemplaris, エラヒキムシ Halicryotus spinulosus)。いずれも脱皮中の写真
4. フェローシップや雇用に関して
 海外にポスドクで出る上での大きな懸念はフェローシップや雇用についてだと思います。私自身そのような情報を色々と探し回った過去があり、自らの経験についても少し詳しくお話しすることにします。概して私はJSPSの海外特別研究員制度(いわゆる海外学振)を用いてドイツに渡り、その後は大学に雇われる形で過ごしています。よく言われることとは思いますが、フェローシップを持っていることは研究をスムーズに始める上で有用だと感じています。渡航自体がフェローシップの獲得に依存していた側面もあり、また申請書作成に当たってのPIとのやり取りもとても大事だったと感じています。

4.1. 海外学振とポスドクフェローシップ
 さて、私がポスドクに至るまでの経緯を少し詳しくお話しします。私はポスドクでも非モデル動物を用いた動物学的な研究を続けたいと考え、また海外渡航を希望していたこともあり、博士課程の間にHejnolラボを第一候補と考えるようになりました。海外でポスドクをする上で、多くの方が思い浮かぶのが海外学振だと思います。私もその例に漏れず、加えて英語での面接や海外フェローシップの申請書書きには自信がなく、海外学振を用いた渡航を第一に考えていました。博士後期課程の2年目辺りまでにHejnol labを受入先候補に定めて、8月ごろに思い切って海外学振の受入についての問い合わせをしました。これまで面識がなかったにもかかわらず、翌日すぐに返信いただき、給与額が雇用下限を下回っていないかなど親身に可能性を検討していただきました。比較的早くに連絡を入れたのですが、彼自身の所属先の変更などもあって、実際に研究の話を始めたのは冬ごろになりました。メールを通して研究内容について議論していく中で、私の研究計画を気に入っていただき、年明け頃にHejnol labを受入先として申請書を作成し始めるに至りました。他にも多くの方にお手伝いいただき、幸いにもその年に海外学振の採択を受け、学位取得後すぐにドイツへと渡航しました。
 申請書の作成にあたっては、英訳した草稿をAndreasに送り、親切にも数多くのコメントをいただきました。このプロセスは相互に研究方針を把握し、また自分の研究能力をアピールできる良い機会だったと思います。とりわけ会話力や瞬発力が求められる面接などとは異なり、時間をかけて自分の研究能力をプレゼンすることができたと思います。この点は申請書を書く上でのメリットになるだけでなく、PIとポスドクが良好な関係を築く上でとても大事だと考えています。実際にこのプロセスを経ていたからこそ、渡航前にいくつかの動物の飼育系を立ち上げてもらっていたり、別の研究プロジェクトのパートを任せてくれたりと、スムーズに研究チームに加わることができたと思います。
 こちらに滞在し始めてから、海外のフェローシップについても色々と耳にするようになりました。例えば、有名なEMBOやMarie Curieをはじめ、ドイツにはフンボルトフェローシップなどがあります。これらは有名な分、飛び抜けた業績なしで通らないイメージを持っていたのですが、選考はジャーナルだけに囚われず、実感としては国内のフェローシップに通る内容であれば十分勝負できる印象を持つに至りました。私は出してもいないので、とても偉そうなことを言っていることを心から自覚していますが、もし学振などに申請するのであれば、それをそのまま英訳してフォーマットしてみることをお勧めします。また多くの海外のフェローシップとは異なり、海外学振には「所属しているラボは受入先にはできない」という移動制限がないので、この点の活用方法も一考に値すると思います。

4.2. 現状の契約について
 滞在期間としては海外学振の2年だけの滞在ではなく、こちらでしっかりと研究する能力やプレセンスを高めたい意識があり、少なくとも追加で数年は海外で研究を進めたいと思っていました。その辺りを直接話し合ったわけではないのですが、Andreasも2年だけではなく延長前提で色々と計らってくれて、海外学振終了後も彼の持つポスドクポジションで雇われる形で同じ研究を進められています。実力以上に私を評価していただき、望外の待遇だと思います。
 Professorがほとんど唯一の職位であるドイツの大学においては、私の立場は日本での任期付き助教と似ていて、教育の義務があります。ドイツ(少なくともイェーナ)での大学教育は、学部生には主にドイツ語、修士以降は英語が主な使用言語となり、私は修士学生への実習などを担当することで、その義務を果たしています。この記事の執筆時には配列データ取得から系統解析をするといった初歩的なインフォマティクス解析を修士の学生に教える授業・実習を担当しています。この点では前述に反して、自分の研究のみに集中できているわけではありませんが、私の場合は教育負担がそれほど厳しくはなく、海外での教育経験を積む有意義な機会としてポジティブに受け取っています。
 現在は日本の学振にあたるDFG(ドイツ研究振興協会)の研究費取得を試みています。DFGの研究費では、Temporal PI moduleという研究費の枠組みがあり、言わば自分の研究費で自分を雇うことが可能となっています。このような研究費の取得を通して、もうしばらくはドイツに残って研究を進めたいと考えています。一方で、今後もドイツに居続けるのかと言われると難しいとも思っています。先に述べたように学部生の授業はドイツ語で行われており、英語で精一杯な私はそのレベルまでドイツ語を修練するのが困難に思います。また日本での食生活や本屋、温泉などはやはり諦められるものではなく、私の本質的な嗜好が身近でない生活を、長く続けるにも限界があるように思います。何よりも海外に出たことで、日本の社会と付き合っていく意識が強まってきたことも大きく、後々は日本での暮らしを考えています。

5. 言語面について
 ドイツに渡航してから日常的な業務や会話、論文や研究費申請、他のラボでの実験などを通して、流暢とは言えずとも海外ポスドク生活を送るための最低限の英語が身についたと思います。もとより私は海外での生活を希望していた反面、英語が得意かというとそれほどではなく、話すにしても書くにしても散々な目に遭ってきました。私にとっては英語での会話やライティング能力の向上も海外渡航の大きな目的の一つであったので、当然生じうる苦労ではありましたが、なかなかそうとも割り切れず落ち込むことも少なくありませんでした。やはり日本語母語話者にとって英語は大きな壁として立ちはだかる場合が多く、適切な準備と訓練が求められると思います。
 私の経験としてはポスドクなどの年単位での滞在前に、一度短期間的に海外で過ごすことが大事だと感じています。例えば私はドイツに渡航する前に、修士の頃に大学の制度を用いて3ヶ月ほどイギリスに滞在したことがあり、ここでの経験値が現在のポスドク生活を下支えしていると思います。この時は短期研究プロジェクトとしてオクスフォードに赴いたのですが、ラボミーティングの会話についていくのもなかなか大変で、コミュニティ内で自分だけ英語ができない状況がどれだけ堪えることなのかを身に染みて学びました。一方で、そのような経験によって、海外に出る上で求められる英語力や生活の様子が想定できるようになりました。ポスドクで渡航して以降も、その頃よりは成長したなと感じるたびに、当時の経験が生きていると感じます。数ヶ月での滞在で英語力が飛躍的に伸びることは難しいかもしれませんが、得られる経験値のことを踏まえると、短期間でも行ってみることは大事に思います。
 また私のボスや同僚は、少なくとも私の言動に一定の敬意を払ってくれていると感じています。そして、そのような人たちにこちらが卑下することも却って失礼に思い、このことによって言語面の心理的なハードルが除かれたと感じています。研究者にとって、英語は単なるツールで話す内容こそが大事だ、という言及をよく耳にします。このことは心に留めるべき真なことですが、単なる根性論に身を任せるのではなく、英語力の訓練は当然として、適切な環境で心理的に自分を保護することも同じくらい重要に思います。

6. さいごに
 ドイツで生活する中で日本との違いは至る所に見受けられます。このような違いやあるいは共通性を目にするたびに、私自身がヨーロッパや海外、そして日本をいかに乱雑に捉えてきたのか気付かされます。日本を外から見るというのは使い古された言葉ですが、その大切さを日々実感しています。とりわけ私の住むイェーナは極右政党が台頭している地域の一つでもあり、大学を挙げた反対運動が盛んに行われるなど、ポピュリズムの興隆について思索に至ります。ここでの生活を通して、私自身の社会への向き合い方が否応なく問われ、そして改められているように思います。
 ポスドクという流動的で不安定なポジションの中で、自分のしたいことをサポートしてくれるファンディングや人々のおかげで、自分なりに満足した日々を過ごせています。研究者としてこれからは、研究室を主宰するような立場へと移行できるように自らの能力を研鑽しつつ、サイエンスにおける自分の問いをより突き詰めていくことが目標です。大層なものではありませんが、何かしらの役に立つことを読み取られた方がいらっしゃったら、この上ありません。長々とお付き合いいただきありがとうございます。
(上) Rügen islandの海岸で化石を探す著者と採集した正形ウニの化石。(左下) まだまだ健在な鈴木大地さんより頂いた電子レンジ用炊飯器(進化学会ニュース 2017 Vol. 18 No. 3参照)。(右下) ラボメンバー総出でのハリガネムシ採集。
2023.08.25

倉谷滋のお勧め<まとめ第4弾>

倉谷滋先生お勧めのクラッシック論文を紹介します。

31. Narayanan, C. H. & Narayanan, Y. (1980). Neural crest and placodal contributions in the development of the glossopharyngeal-vagal complex in the chick. Anatomical Record: Advances in Integrative Anatomy and Evolutionary Biology196, 71-82.
もうすっかり流行らなくなってしまったが、神経堤やプラコードの除去によって末梢神経系の発生機序を理解しようという論文は過去に多くあり、ほぼ正しい結論を導いていた。こういったタイトルを見ると、自分で作出した標本のスケッチを思い出す。

32. Kessel, M. & Gruss, P. (1991). Homeotic transformations of murine vertebrae and concomitant alteration of Hox codes induced by retinoic acid. Cell 67, 89-104.
レチノイン酸によってHox遺伝子発現が誘導され、結果として椎骨の形態アイデンティティが後方化するという図式を示した論文。分子的発生機構がボディプランに肉薄していた頃の象徴的論文。

33. Lim, T.M., Jaques, K.F., Stern, C.D. & Keynes, R.J. (1991). An evaluation of myelomeres and segmentation of the chick embryo spinal cord. Development 113, 227–238.
脊髄にも分節があり(脊髄分節)、その形成が傍軸中胚葉(体節)によって誘導されることを示す。ここでいう分節的オーガニゼーションが発生過程のどの場面で何を制限しているのか、まだ明らかにはなっていない。

34. Köntges, G. & Lumsden, A. (1996). Rhombencephalic neural crest segmentation is preserved throughout craniofacial ontogeny. Development 122, 3229–3242.
頭部神経堤細胞の各集団が、それが由来する菱脳分節(ロンボメア)ごとに特異化されていることを示した論文だが、あらためて分節性が何を意味するのかについて考えさせられる。

35. Källén, B. (1956). Experiments on Neuromery in Ambystoma punctatum Embryos. Development 4, 66–72.
すべての神経分節が系列的に等価ではなく、場所ごとに異なった発生機構をベースにしていることを示唆した先駆的論文。

36. Mallatt, J. (1996). Ventilation and the origin of jawed vertebrates: a new mouth. Zoological Journal of the Linnean Society 117, 329–404.
顎の進化の「ventilation theory」を示した論文。かなり分量があるが、比較形態学と機能形態学的考え方を学ぶためには挑戦する価値がある。

37. Kimmel, C. B., Sepich, D. S. & Trevarrow, B. (1988). Development of segmentation in zebrafish. Development 104, 197–207.
この論文においてキンメルらはゼブラフィッシュの胚に4種の分節を認めている。ここでいうsegmentsは狭義のもので前後軸に沿って繰り返す単位を、メタメリズム(metamerism)は体全体が同じ構造群を含むユニット(メタメアmetameres)からなることを指す。

38. Koltzoff, N. K. (1901). Entwicklungsgeschichte des Kopfes von Petromyzon planeri. Bull. Soc. Nat. Moscou 15, 259-289.
19世紀末から20世紀初頭における比較発生学では、サメやエイの発生パターンが理解の基本とされ、他の脊椎動物胚の記載がそれに大きく影響されていた。その傾向を「板鰓類崇拝」というが、この論文はある種その典型例ということができる。

39. von Kupffer, C. (1899). Zur Kopfentwicklung von Bdellostoma. Sitzungsber. (リンクなし)Ges. Morphol. Physiol. 15, 21-35.
ヌタウナギ頭部の胚発生を本格的に記載した最初の論文。この動物の胚頭部前方に外胚葉のみからなる(ヌタウナギに特異的な)「二次口咽頭膜」が存在することを正しく記述した。が、この報告はその後長らく忘れられることになった。

40. Lacalli, T. C., Holland, N. D. & West, J. E. (1994). Landmarks in the anterior central nervous system of amphioxus larvae. Phil. Trans. R. Soc. Lond. B 344, 165-185.
Lacalliはナメクジウオの脳形態を透過型電子顕微鏡で詳細に観察、この後一連の論文を発表した。胚における遺伝子発現パターンも加味したうえで、脊椎動物の脳との比較における問題点を浮き彫りにした。90年代Evo-Devo黎明期を特徴づける論文のひとつ。

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2023.04.07

海外便り№17 佐奈喜-松宮舞奈さん (European Molecular Biology Laboratory)

佐奈喜-松宮舞奈 (European Molecular Biology Laboratory)
はじめまして、スペイン、バルセロナにあるEMBL (European Molecular Biology Laboratory)でポスドクをしている松宮舞奈です。はじめに、大澤先生、丹羽先生、執筆の機会を頂きありがとうございます。

経歴
学部時代では、静岡大学の小池亨研究室で胆管上皮細胞に特異的に発現する遺伝子の機能解析に関する研究を行っていました。いろいろと勉強する中で骨形成に興味がわき、 京都大学大学院の影山龍一郎研究室(現在、理研CBS)にて修士課程と博士過程の合計5年間を過ごし、脊椎や肋骨の元となる“体節”の形成を研究してきました。2019年に博士号を取得し、ポスドクとしてEMBLバルセロナの戎家美紀研究室に参加し、5年目が始まったところです。体節形成の研究内容に興味のある方は下の論文を読んでみてください。
マウスES細胞から体節形成過程をin vitroで再現した研究
ES cell-derived presomitic mesoderm-like tissues for analysis of synchronized oscillations in the segmentation clock (2018) Development
ヒトiPS細胞から体節形成過程を再現したオルガノイド研究
Periodic formation of epithelial somites from human pluripotent stem cells (2022) Nature Communications
その他の論文は(https://orcid.org/0000-0002-4824-304X)です。

EMBLバルセロナはどんな所?
EMBLは27の加盟国からのサポートを受けEU内に6か所 (Barcelona, Grenoble, Hamburg, Heidelberg, EBI Hinxton, Rome) の研究施設をもっています。その中のEMBLバルセロナは2017年に設立され、組織生物学と疾患モデルに焦点を当てた研究を行っています。研究所自体はPRBB (Parc de Recerca Biomèdica de Barcelona) という、いくつかの研究所が入居している複合施設の中にあり、目の前は地中海に面したビーチです。夏になると施設全体でビーチバレーボール大会が行われ、EMBLだけでなく多様なバックグラウンドを持つ研究者と交流があります。
海外の研究室に行った経緯
この文章を読んでいる方の多くは、海外の研究室に行きたい!!海外のこのラボに行きたい!!と思い、情報を探し、いくつか受け入れ先を探し、連絡をし…という方が多いでのはないでしょうか。これまでの体験談の方々と真逆といっていいほど “運”で海外の研究室に来た私の経験がどこまで役に立つかはわかりませんが、、、事実を書いていきたいと思います。
私の場合は、ありがたいことに卒業1年前の2018年に筆頭著者論文を出すことが出来ました。そして、このタイミングで分子生物学会に参加したことが大きなポイントでした。学会から数日後、当時、理研に所属していた戎家美紀先生から学会のWeb交流サービスを通じて『2019年にEMBLバルセロナに移動するためポスドクを探しているが、卒業後の行き先は決まっていますか?』という連絡がありました。ぽやーーーと生きてきた私にとって、とてもありがたい提案で、『卒業後の行き先は決まっていません、是非行きたいです』と返事をしました。しかし、『フェローシップを自身で取得する必要があり、フェローシップが終わった後そのままいられるかの保証はない。』ということでした。戎家研究室で新規の実験系を立ち上げるポスドク採用の話だったので何の期間が決まっていないということは不安が大きかったですが、フェローシップを取れれば卒業後の行き先が決まる!というモチベーションで申請書の作製に真剣に取り組みました。無職かポスドクかの究極の選択です。海外学術振興会の海外特別研究員は落ちてしまいましたが、ありがたいことに、いくつか製薬会社のフェローシップに採択して頂くことが出来ました。その中でも2年間貰える第一三共生命科学研究振興財団の海外留学奨学研究助成金をもらい、2019年4月バルセロナへウキウキ向かいました。1年半後、コロナでロックダウンしている中、海外学術振興会の海外特別研究員に再挑戦し、2年間のフェローシップを貰いました。渡航先と金額との相談にはなってしまいますが、製薬会社のフェローシップは日本にいるときでないと出せないので、もし長期を目指すなら、まずは製薬会社のフェローシップを貰ってから海外学振に応募するのをお勧めします。

スペインでの生活
海外に行った経緯が役に立つかわからないので、せめて生活面での経験だけでも役に立てるといいなと思い少し長めに書いてみます。
まず皆さんが海外に移動するとなると治安の良しあし、生活費に関して、特に気になるのではないでしょうか。心配していましたが、バルセロナは思っていたより治安がいいなと思いました。しかし、“気を付けていれば”です。夏になれば公園で爆竹と花火を片手に騒いでいる集団もいますし、まちなかで薬物の匂いもします。同僚は朝方3-4時に路地を歩いていたら首絞め強盗に会い、かばんもお財布も盗まれる事件に遭いました。他の同僚は、メトロで手に持っていた携帯を奪われたり、財布や携帯をすられたりしています。私は、ジャケットのポケットに入れていたミニタオルを盗まれました。ボロボロだったけどお気に入りだったので少し悲しかったです。バルセロナに限らずどの国に行くとしても、夜遅くに出歩かない、警戒しているふりをするだけで減らせる危険は多いと思います。やたらキョロキョロしてあるくのは、おススメです。
バルセロナの食べ物はとてもおいしいです。外食すると日本より高くなってしまいますが、スーパーに行けば、野菜やお肉は日本よりかなり安く手に入るので、自炊すれば快適な生活が送れます。スペインには米料理であるパエリアがあるので、スーパーで売られているお米も種類が豊富で、日本で食べるお米と遜色ないと思います。しかし残念ながら魚は生臭いことが多く、サーモンとマグロ以外はあまりお勧めしません。ただ、スペイン料理といえばほとんどトマトで煮られることが多いのですが、日本風の調理では生臭かった魚もトマト缶で煮込むとおいしくなるので、郷土料理はその地に合った最適な料理方法なのだなと改めて実感しました。
家賃は少し高めで、1人暮らしの部屋で10-15万円くらいです。京都や東京の家賃くらいでしょうか。ヨーロッパではよくあることですが、ほとんどの家は家具家電付きなので、身ひとつで移動できるのがとてもいいところです。しかし外国人(特にヨーロッパ以外)が長期の家を借りるのは少し難しく、3か月分の銀行口座残高証明を求められます。日本の残高証明は受け付けてもらえないこともあるので、はじめは短期の賃貸(11か月まで) を借りるのが安心だと思います。ただ不動産屋や大家さんによって独自ルールがあるので、良い大家さんに出会えるとすぐに長期の家も借りられるようです。私は会えませんでした。地震がない国なので、5階建ての建物全体が傾いているなど、え!?この家を貸すの!?と思うクオリティの家にも遭遇します。私は3年間で既に4回引っ越しをしているのですが 、2つ目の家は部屋が最大5度傾き、椅子に座ると倒れるほど。もちろん床においた瓶はコロコロ転がります。1個目の家がとても良かったので、仲介業者のとてもいい部屋だよという言葉を信じて内見もせず契約してしまった大失態で、さすがに1か月で引っ越しました。賃貸の契約時には、家賃だけでなく仲介料などお金がかかるので、内見は大切という言葉が身にしみました。3つ目の家は、ようやく長期の家を契約できたのですが、建物が古すぎて気温によって窓枠の木が膨張するので、窓が閉まったり閉まらなかったり。修理に来た人は素人で、窓枠を削りすぎて隙間風がつねに吹き込むように。こんなこともあるのかと勉強になりましたが、コロナで不動産屋が倒産しこの部屋は退去することになりました。これまでの経験や、コロナで家賃が下がったタイミングでもあったことから、4年目にして現在の家に出会え、ようやく安定した快適な住環境を手に入れました。バルセロナでは、毎年更新される地価に連動して賃貸料が見直されます。最近、地価が上がった影響で4%家賃も上がりましたが、これ以上引っ越すことはないです(たぶん)。

まとめ
私は良いことが積み重なった結果、バルセロナでポスドクをしていますが、今になってよくよく考えると、戎家美紀先生とお話ししたこともなく、どんな人かも全く分からない中、よく行きたいですと返事したものだなと思います。当時も周りからは結構驚かれました。が、いい機会だしとりあえずやってみよう!と思ってふみだした結果、バルセロナでポスドクができたことはとても大きな財産となり、誘ってくださった戎家美紀先生には本当に感謝しています。しっかり考えると不安が増えてきてしまうので、まずは行動するのもいいと思います。
海外に行くことの心配は多いかもしれないけど、意外と心配するほど大きな問題はなく進んだりするものです。心配してやらないよりは、やってみた方が数倍もいい経験になると思います。人生一度しかないので、自分の思うまま、好きなように、楽しく過ごしてください!!
2023.03.28

海外便り№16 稲葉真弓さん (UConn Health)

稲葉真弓 (UConn Health)
初めまして、コネチカット大学でAssistant Professorをしている稲葉真弓と申します。私は2009年から17年までの間ミシガン大学の山下由紀子先生の研究室にポスドクとして所属させていただき、2017年からはコネチカット大学に雇用されています。所属にいたった経緯としましては、山下さんのポスドク時代の仕事で、幹細胞の非対称分裂後の位置情報ががどのように分裂後の幹細胞の運命決定に携わっているかということを鮮明に示された論文に感銘を受けたので、ポスドクとして雇ってもらえませんか、とメールをして雇っていただけることになりました。
山下ラボではショウジョウバエの幹細胞システムを用いて、どのように幹細胞が実際の組織の中で制御されているか、幹細胞とその周りにいるいろいろな細胞たちがどのように相互作用しているかということにフォーカスして研究を進めました。実際の幹細胞とそのニッチを形成する細胞が明らかに目に見えるシステムですが、その挙動を観察すればするほど、いったいどうやってこれほどの柔軟かつ精密な制御が可能であるのかといった疑問が次々に生まれてくることに気づきました。さらに、一つ一つのメカニズムを解明するたびに、いかにその制御機構がヒトも含む他の生物において保存されているかということにも驚きました。
山下さんは一人一人のラボメンバーにみあった指導をしておられ、私はかなり自由に研究テーマも好きに考えてやらせていただきました。今、自分のラボを持つようになってからは、多額の給料を支払いつつよくそこまで自由にやらせてくれたなあと思います。さらには2012年から5年間にわたって、家族の都合でテキサス州に住むことになり、遠隔地でのコラボレーション先に所属していたのですが、その間も途切れることなく雇用を続けていただき、ポジション探しに際しても随分助けていただきました。後になって考えると、もっと成果を出すべきだったな、と思います。自分のラボを持つことになった今後は、引き継いだ山下ラボのサイエンスのスタイルを使っていい仕事をしていくこと、自分のラボのメンバーたちを立派に育てるという形でpay offしていくつもりです。
ポスドクの最終年には、夫婦ともに各60ほどの公募に応募して、私は5か所ほどでインタビューうけましたが、あまりストラテジーを建てずにインタビューに挑んだうえ、食事の際にワインを飲みすぎて調子にのったりと、ほとんど惨敗しました。コネチカット大学の面接は幸いにも失敗せずにすみ、さらに夫婦での職探しに協力してもらえそうだったのでオファーを受けました。デパートメントはラボの立ち上げにとても協力的で、さらには3年後にには配偶者のポジションも取得できました。
コネチカット大学の規模は小さめですが、あまりストレスもなく、研究以外のdutyも少なめで、研究を楽しむといった環境としては良い方ではないかと思っています。もともと私自身、行き当たりばったりで医学部に入ったものの、生物学、医学はあまり得意ではありませんでした。教科書一ページごとに、何か腑に落ちない、すっきりしない、わかったような、わからないような、といった感覚に陥って、なかなか次に進めないといったことが多々あり、学部の学生時代は特に困っていました。後になって研究を始めてから、このような感覚、当たり前と言われていることでも何か腑に落ちない、ほかのシステムで分かっていることと照らし合わせると矛盾している、といった感覚は、実は間違いではなく、テキストブックには、実際によくわかっていないことがいかにもわかったように描かれているからだということに気づきました。よくよく観察し、深く実験の結果を考慮すると、誰も考えてもいないこと、気にも留めていないようなことを私達の体や細胞はよく知っていて、その上でうまく調節しているということがたくさん見えてきます。現在は研究を進める上で、自分自身の何か腑に落ちないな、という感覚にはとても助けられていて、うちのラボではそこから生まれたプロジェクトがいくつも並行して進んでいます。とくにラボのメンバーには当たり前と思われていることも、よく考えて、そこから出てきた疑問を突き詰める、といったスタイルを伝承したいという気持ちで日々ディスカッションしています。
アメリカに来ることになったのは以上の経緯で、こちらも行き当たりばったりな感がありますが、実際にアメリカの社会に入ってみると、私自身にとっては日本にいた時と比べて随分なじみやすいなと感じています。いろいろな人種が混じりあっている移民社会なので(言い換えれば、全然出どころの違う人たちが皆ある程度満足できるところで落ち着いた社会構造であるので)、誰にとってもある意味住みやすさがあるのではないかと思います。とはいっても、私自身ほんの一部の社会にしか触れていませんので、何とも言えませんが。
ミシガンも自然は素敵でしたが、コネチカットもそうで、町の中にも思ってもみないところに大自然が残された公園があったり、夏はホタルがいっぱいいたり、秋は目の覚めるような紅葉が見れたりと、いろいろなところで癒されます。日本人の人口は少ないですが、最近5歳になった双子が日本人補習校に通いだし、日本の方々と知り合うことができました。一時的にこちらに数年滞在する方、長く住んでいる方などいろいろですが、日本とアメリカの違いなどを面白おかしく話たりと、共感できることもあり、おもしろい友達ができそうです。
コネチカット州ハートフォードの郊外にある公園と農園直営の野菜の販売所。日本で見かけない野菜や、めずらしい植物などがみられます。好きな野菜を自由に収穫して購入することができます。
コネチカット州ハートフォードの郊外にある公園と農園直営の野菜の販売所。日本で見かけない野菜や、めずらしい植物などがみられます。好きな野菜を自由に収穫して購入することができます。
海外、国内、とは関係ないかもしれませんが、このような経緯をとってよかったと思うことは、いろいろな人との出会いです。研究を続けていると、それを通して長くつづく大切な出会いがたくさんあります。研究者同士のつきあいでは、自分のやった仕事がアイデンティティとなります。そこで大事なことは自分の仕事に誇りを持てるような仕事をすることじゃないかなと思います。自分のやることを愛しなさい、というのは実はニューシネマパラダイスという映画のアルフレードというおじさんがいった言葉のパクリですが、人生の教訓にしています。
取り留めない文章になってしまいましたが、研究者として今後の行き場を探っている若い方々に、何らかの参考になれば幸いです。
以下にラボにおいて現在進行中のプロジェクトの一部を紹介します。
1.非対称分裂の必要性を検討する
ショウジョウバエの生殖幹細胞は非対称分裂の研究に盛んに用いられています。ニッチを形成する10個前後の細胞が小さな塊となって精巣の末端に存在し、生殖幹細胞はそれをとりまくように存在します。生殖細胞が分裂する際には、紡錘体がニッチと幹細胞の接触面に対し垂直に形成されるため、娘細胞は一つはニッチの近傍、もう一つは遠方に配置されます(図1)。その結果2つの娘細胞はニッチからの距離の違いにより、自己複製と分化へと異なる運命に決定されると考えられています。この配置は大変厳密に制御されていて、90%以上の幹細胞の分裂は結果的に非対称となります。しかし意外なことに、なぜ幹細胞が非対称に分裂する必要があるのか、ということは実はまだ謎です。というのはニッチのスペースが幹細胞の数を決定しているため、非対称分裂が起こらなくても、結果的にニッチの近傍にいる細胞のみがそのシグナルを受けて幹細胞の運命を維持するので、幹細胞と分化していく細胞のバランスは保たれることになります。実際、紡錘体の方向の調節を阻害しても幹細胞の数と分化のバランスほぼ正常に保たれます。
そこで私たちは、一つの可能性として、非対称分裂は幹細胞の遺伝学的多様性を保つために必要なのではないかと考えました。幹細胞が非対称に分裂することで、ニッチに例えば3つの幹細胞が維持されているとすると、もしある時点でDNA上に変異が起こった場合でも3種類の遺伝学的に異なる細胞が永遠に維持されることになります。ただある確率で対称分裂が起こり二つの娘細胞が両方ニッチに入り、別の一つの幹細胞が追い出されたりすると、この多様性の維持は乱され、いずれ一つの幹細胞由来の細胞がニッチを占拠することになります。この現象はneutral competitionと呼ばれ、幹細胞の対称分裂がよくみられる腸などにおいての幹細胞のクローンの増殖の一因として考えられています。
幹細胞非対称分裂がどの程度幹細胞クローンの多様性維持に関わっているのかを検定するために、我々はまずFLP-FRTシステムを用いたクローン追跡を行い、非対称分裂の頻度を正確に検定しました。その後得られた頻度をもとに数理モデルを構築し、非対称分裂が乱された場合にどのくらいのスピードでクローンがニッチを占領するのかということを検定しました。その結果、単一幹細胞クローンの占領までにかかる時間は非対称分裂の頻度に強く依存し、非対称分裂を恒常的に行っているニッチにおいてはその頻度が高ければ高いほどクローンの増殖までの時間がかかることがわかりました(図2)。
この結果は、ニッチが幹細胞の数を決定する主要因子となっているすべての幹細胞システムにおいて適応可能であり、近年着目されている造血幹細胞のクローン増殖や、がんの進化・悪性化などの原因のさらなる理解、予防、治療戦略等に貢献すると考えられます。当ラボにおいては並行して非対称分裂の制御機構の遺伝学的、生物学的な解析に加え、数理モデルをさらに応用し、単一クローンが変異により様々な異なる表現型を獲得した場合に、どのような表現型が選択的優位性をもたらしニッチを占領する結果につながるかという検定を進めています。
幹細胞の非対称分裂においては細胞内にすでに存在し不均等に分配する因子も数多く知られており、それらの因子の分配は非対称分裂がなされない場合にランダム化されることになります。各因子の分配はそれぞれ異なる生理的意義があると考えられることから、非対称分裂の生理学的意義は複数あると予想されます。おそらく進化の早い段階で始まった非対称分裂を利用して、様々な因子がこの都合の良い機構を利用して不均等分配を獲得し、それらの個体が優位に集団の中で生き残ってきたのではないかと考えます。
2.非対称分裂前後の遺伝子発現の変化を知る
遺伝子の発現の調節は転写因子の作用に加え、クロマチン構造、ヒストンなどの翻訳後修飾、さらには近年ではマイクロRNAの作用などの様々なレベルで行われていることはよく知られていますが、実は細胞の特性が変化する場合にどういった順序で遺伝子発現変化が起こるのかということは意外にもよくわかっていません。ショウジョウバエの精子幹細胞のシステムでは、事前にプログラムされた遺伝子発現の変化が決まった順序で起こります。特に幹細胞の非対称分裂に際しては、一度の分裂の前後ですでに異なる遺伝子発現パターンの構成が始まっていると予想されていて、遺伝子発現変化のモデルとして有用なのではないかと考えました。
そこで私たちは、幹細胞特異的に発現していると考えられているSTAT92Eという遺伝子に着目し、nascent transcriptの変化をイントロン配列に対するプローブを使ったFISH法にて調べたところ、予想通り細胞の分化が進むごとに転写量が徐々に減少していくのが観察されましたが、それ以外にも予想外の面白い現象が確認されました。
ショウジョウバエでは母方、父方由来の二つの相同染色体がペアを作って存在しています(Somatic homolog pairing)。そして各遺伝子領域(正確にはTADs:topologically associated domains)の相互座用は、その発現量に相関して強かったり弱かったりすることが報告されています。我々の解析により生殖幹細胞において、二つの相同染色体上のSTAT92E遺伝子の領域は強く相互作用しているのに対し、分裂後に分化に方向づけられた娘細胞では有意に相互の距離が離れていることがわかりました。さらに詳しく調べてみると、この遺伝子領域の物理的な距離の変化は、分化に伴うSTAT92E 発現量の急激な減少に必要であることがわかり、遺伝子発現変化のかなり上流の段階での調節であることが予想されました(文献1)。
今後の研究では、この遺伝子座をモデルとして、相同染色体上の遺伝子領域相互作用の物理的な変化がどのように調節されているのか、またそれによって遺伝子発現量が変化するメカニズムを調べていくつもりです。

文献1:
Antel, M., Raj, R., Masoud, M.Y.G. et al. Interchromosomal interaction of homologous Stat92E alleles regulates transcriptional switch during stem-cell differentiation. Nat Commun 13, 3981 (2022). https://doi.org/10.1038/s41467-022-31737-y

研究室ウエブサイト: https://health.uconn.edu/germline-stem-cells/
2023.02.28

海外便り№15 天久朝恒さん (MRC London Institute of Medical Sciences)

天久朝恒 (MRC London Institute of Medical Sciences)
Research Associate
Gut Signalling and Metabolism Group
MRC London Institute of Medical Sciences
Imperial College London
London, UK
email: t.ameku[at]imperial.ac.uk
はじめに

イギリス・MRC LMS/インペリアルカレッジロンドンでリサーチアソシエイト(ポスドク)をしております天久朝恒と申します。私の経歴を簡単に振り返ると、学部生(筑波大)の時に、小林悟先生(当時は基生研、現在は筑波大)の集中講義に出席したことがきっかけで、キイロショウジョウバエを使った研究に興味を持ちました。その後、丹羽隆介先生(筑波大)のもとで約6年間、ショウジョウバエの生殖幹細胞にかかわる研究に従事しました。具体的には、交尾後に卵形成過程が活発化するメカニズム、およびその制御因子として卵巣で生合成されるステロイドホルモンや腸から分泌されるペプチドホルモンに着目していました。2018年に博士号を取得し、ポスドク先としてProf. Irene Miguel-Aliagaのラボにジョイン、ロンドン生活5年目の現在に至ります。

研究

私たち「Gut Signalling and Metabolism」グループでは、成体器官のリモデリングとして特に腸の可塑性に興味を持ち、ショウジョウバエ・マウス・オルガノイドをモデルに研究を進めています。現在ラボメンバーは13名(ポスドク7、PhD 学生4、テクニカルスタッフ2)で、それぞれがオリジナルかつチャレンジングなテーマに取り組んでいます。Ireneのラボに興味を持ったのは、交尾後の腸リモデリングに関する論文を読んで面白いなと思ったことと、博士課程で取り組んでいた自分の研究や興味をより発展できるような気がしたからです。特に彼女との面識はありませんでしたが、メールでやりとりして、D2の秋にインタビューに行きました。ちなみにインタビューに行ったのは日本とアメリカのラボを含めて合計3つで、どのラボでも「セミナー、ラボメンバーとの1 on 1ミーティング、ランチ/ディナー」という一般的な流れでした。スピーディーな英語になかなかついていけず苦労しましたが、当時のIreneラボのメンバーが、ヨーロッパで出せるフェローシップのリストをわざわざメモに書いて渡してくれたり、ロンドン観光のおすすめルート(テムズ川沿いの散策etc.)を詳細に教えてくれたりして、色々と良くしてもらったことを覚えています。無事フェローシップ(海外学振)に採択されたこともあり、学位取得後にラボにジョインすることができました(ポスドクがみなフェローシップによるself-fundedという訳ではなく、数としてはemployedの方が多いと思います)。私の場合、海外学振(2年)→上原(1年)→グラント雇用(現在まで)という流れでした。留学開始〜3年経過時の振り返りは以下の記事に寄稿しましたので、よかったらご覧ください。

上原記念生命科学財団 海外留学だより|イギリス・2020年度版掲載分
https://www.ueharazaidan.or.jp/tayori/tayori_UK.html

ラボ生活で再認識することは、ディスカッションの重要性です。ボスは多忙ですが、相談ごとや話し合いにはウェルカムで、いつでも彼女のオフィスに立ち寄ってチャットすることができます(オープンドア・ポリシー)。日々のコミュニケーションはもちろん、ラボミーティングでは、スライド/データの説明よりも、多くの時間をインタラクティブなやりとり(質疑応答やディスカッション)に費やす印象があります。ジャーナルクラブでは、誰かひとりが論文を説明する代わりに、決められた論文を全員が事前に読んできて、すべての時間をオープンな議論にあてる、というスタイルをとっています(一方で、長い会議はあまり好まれないというのもひとつの特徴かもしれません)。“Don’t demonstrate, but illustrate”というのは、プレゼン(学会発表等)におけるボスの教えです。自分がプレゼンする際にも、少なくとも学会発表/セミナーにおいては、big picture を描けるよう(そこから活発な議論に繋げられるよう)心がけています。

生活

研究所の位置する西ロンドンは落ち着いていて比較的治安が良いエリアです。中心部までのアクセスも悪くなく、Francis Crick InstituteやUniversity College Londonがあるセントラルロンドンまでチューブ(地下鉄)で30分ほどです。ロンドンは、バス・チューブ・オーバーグラウンド等の公共交通機関が発達しているため、車がなくても困りません。私が住んでいる西ロンドン・チズウィックは、家族連れやワンちゃん連れも多く、生活のしやすいエリアです。個人でやっているような、地元に根付いた素敵なお店(カフェ・レストラン・ワインバー・お肉屋・パン屋・ジェラート屋etc.)が多く、ロンドン=都会とは言うものの、人の温かみを感じることができる街です。お店が立ち並ぶ通りには緑やベンチもあって、活気はあるけどおしゃれで落ち着いている、東京でいう「自由が丘」のような雰囲気もあります。一方、ロンドン生活のネガティブになりうる点を挙げるなら、家賃・物価が高い、硬水である(ブリタ浄水器は必須アイテム)、冬にボイラーが故障してお風呂のお湯が出なくなる(キッチンで沸かしたお湯+ペットボトルに穴を空けた手作りシャワーが活躍)、あたりでしょうか。ただ、慣れるとトラブルに対して「困る」という感覚はなくなると思います。

私は単身で渡英しましたが、縁あって2021年12月に日本で結婚し、2022年4月にパートナーが渡英、現在は二人で暮らしています。彼女のビザ(dependant visa)については、私のビザ(Tier 1)に帯同する形で取得しました。当時の情報になりますが、帯同ビザの必要書類として重要なものは婚姻証明のみで、それほど複雑なプロセスはなく、アプリケーションのほとんどがオンラインで完結しました。一方で、イギリスの他のビザと同様に、時間とお金(申込料 + 保険料)はそれなりにかかりました。保険料については人数x年数で支払うため、ご家族で移住される方は請求金額に驚くかもしれません。帯同者が就労できるかどうかは、国やビザの種類によって異なりますが、イギリスだと基本的には認められているようです。彼女は日本でIT企業のデザイナーとして働いていましたが、こちらではフリーランスデザイナーとして、日本のクライアントとリモートで仕事をしています。最近では地元のパン屋さんでパートタイムジョブを始めたり、他の日本人研究者(+彼らのパートナー)らと食事に出かけたりすることで、外部とのつながりも拡がりつつあります。家庭/家族以外との社会的なつながりを持つことは、彼女のウェルビーイングのためにも重要だと感じています。

文化

ロンドンには素敵なパブがたくさんあります。パブ文化の好きなところは自由なところです。パブで集まりがあるとします。お会計は基本的に注文ごとにその都度支払うため、いつ来てもいつ帰ってもいいし、飲んでも飲まなくても、食べても食べなくてもいい、というflexibilityがあります。なんなら参加するのも参加しないのも自由です。誰が来て誰が来ていないとか、他人のことはいちいち気にしません。個人にはそれぞれ事情があるし、プライベートの時間を大事にしようという風潮があるからです。「多様性を尊重する」と聞くと、なんだか大げさな感じがしますが、大切なのは「選択肢があること」だと思います。パブでは個別会計だとか、例えばレストランでは必ずベジタリアン/ヴィーガンメニューがあるだとか聞くと、なんだかスケールの小さい話に感じる人もいるかもしれません。が、日本で議論にあがる多様性に関する話題についても根底にあるものは同じで、重要なことは「個人が選択できる」「選択が周囲に受け入れられる」「選択にお互いが干渉しすぎない」ということだと個人的には思います。

「日本人は親切だ」とよく耳にしますが、ロンドンにいる人たちもまた親切です。高齢者の方や妊婦さんには席を譲ったり、(エレベーターのない)駅の階段でベビーカーを抱える人には手を貸したりするのが普通です。ロンドンで生活していて気づいたことは、言語や文化的背景が違っても、人間の持つ感情や、根本的な部分は大して変わらない、ということです。つまり、他人に対してリスペクトを持って親切に接していれば、それはまわりまわって自分に返ってきます。そしてその逆もまた然りです。基本的には褒める文化(ナイストーク!ナイスヘアカット!)で、少なくとも私の周りでは、噂話や誰かの悪口を言う人をほとんど見かけたことがありません(なにかを直接complainする人はたくさんいますが)。「なんとなくツイてない、うまくいかない」ということが重なる時が(海外生活では特に)あると思います。そんな時こそニコニコ余裕を持って、できるだけ他人に親切に過ごしていれば、ちょっとずつ歯車が良い方向に回り出したりもする、というのが私の心がけているライフハックです(もちろん問題解決には具体的な行動が必要ですが)。

おわりに

“Any explanation or logic that explains everything so easily has a hidden trap in it. I’m speaking from experience. ... What I mean is don’t leap to any conclusions.”

ちょうど読み進めていた小説(Sputnik Sweetheart)で、思わず目に留まった言葉です。ロンドンで学んだことのひとつは「ある物事について、立体的に観たり考えたりすること」です。結論めいたものや、イエスかノーかよりも、その背景にあるもの(そしてそれを理解しようとすること)の方が重要な場面が、数多くあります。それは、文化や価値観の異なる土地で生活し、「予想外のできごと」「驚き」「失敗」を通じて学んだことだと思います。こちらでの研究環境や生活について、なんとなく雰囲気良さげに書いてみましたが(実際にはトラブルの連続です)、今の仕事がまとまったら、次のポジションは日本で探そうと考えています。自分やパートナーの家族が日本にいることや、今まで学んできたことをサイエンスや教育を通じて日本で還元したい、と思うようになったことが理由です。最後になりますが、今回の執筆の機会をいただいた、大澤志津江先生、丹羽隆介先生、平林享先生にこの場をお借りして御礼申し上げます。

※もし留学に関して質問のある方がいらっしゃいましたら、なんでもお気軽にご連絡いただければと思います。
@Cafe Coffeeology (2023)
@Lab day out (2021)
2022.12.21

おすすめの教科書・書籍6〜10

発生生物学および関連分野の知識を学ぶのにおすすめの教科書を紹介します。

6. 長田直樹 著「進化で読み解くバイオインフォマティクス入門
一言で言うと、明日から始めない人のためのバイオインフォマティクス入門。手法の生物学的背景から丁寧に解説。進化を題材として取り上げており、発生生物学研究者の興味にも合いそうです。明日から始めたい人のためのバイオインフォのハンズオン本は坊農秀雅さんらが編集されたものなど良書がいくつもありますが、手法の背景からじっくり学べる本書はそれらと相補的な内容です(杉村薫
https://www.amazon.co.jp/%E5%9D%8A%E8%BE%B2%E7%A7%80%E9%9B%85/e/B078N6R6P8

7. Nicholas. I. Fisher 著「Statistical Analysis of Circular Data」 
Arthur Pewsey, Markus Neuhäuser, and Graeme D Ruxton 著「Circular Statistics in R」 
角度データの平均を計算するのに単に足して割っていませんか?角度データの分散って?形態データを多く取り扱う発生生物学。10年前と比較して、角度統計は普及した感もありますが、学部生や修士学生で馴染みがなければ、一読の価値ありです。(杉村薫

8. Scott F. Gilbert, and David Epel 著「生態進化発生学―エコ‐エボ‐デボの夜明け」 
共生とエピジェネティックスをキーワードにして数多くの文献を読み込んだ著者が多彩な実例をもとにこれからの生物学、発生学、進化学を論ずる。生物は孤立した存在ではなく環境と、他の生物とが合わさったファミリーとして生存と発展を遂げているのだ。(林茂生

9. Lewis Wolpert, and Cheryll Tickle著「Wolpert発生生物学」 
S. Glibertの“Developmental Biology”と双璧をなす発生学の定番教科書。主著者のL. Wolpert博士は肢芽を用いて様々な概念を提案した発生学者。実験発生学的な視点で、動物の発生をわかりやすく解説。現在第6版で、4版は武田洋幸・田村宏治監訳の日本語版もある。講義用に図の電子版が公開されているのは教員にとってうれしい。(武田洋幸)

10. 佐藤純 著「いますぐ始める数理生命科学 - MATLABプログラミングからシミュレーションまで -」 
多くの数理生物学の書籍において、数式をどうやってコンピューター上で扱えば良いのか、どうやってシミュレーションしたら良いのか、ほとんど説明されていないことが多いと思います。この本では全くの初心者がプログラミングの初歩から始めて、具体的な生命現象の数理モデルを構築し、シミュレーションを行うことを目標としており、生物系の学生の方々に最適だと思います。(佐藤純
実験発生生物学と数理生物学の融合研究を精力的に進めている著者による数理生命科学の入門書。前半で、Matlabによるプログラミングの初歩的な内容を学び、後半で、Matlabを用いて、さまざまな生命現象のモデルを数値計算するという構成になっています。細胞分化やモルフォゲンなど、発生生物学者にとって馴染み深いトピックが取り上げられており、初学者が直感的に理解しやすいように工夫されています。(杉村薫


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2022.12.21

倉谷滋のお勧め<まとめ第3弾>

倉谷滋先生お勧めのクラッシック論文を紹介します。

21. Goodrich, E. S. (1915). Memoirs: The Chorda Tympani and Middle Ear in Reptiles, Birds, and Mammals. Journal of Cell Science 242, 137–160.
これは典型的な比較形態学の論文。だが、発生パターンの違いが重視されている。動物によってこんなにパターンが違うのかと認識させてくれる。

22. Graham, A., Koentges, G. & Lumsden, A. (1996). Neural Crest Apoptosis and the Establishment of Craniofacial Pattern: An Honorable Death. Molecular and Cellular Neuroscience 8, 76-83.
菱脳の分節構造のうち、第3,第5のロンボメアが神経堤細胞を発するのかどうか、90年代、これがニワトリ胚発生研究の領域で大問題になったことがある。なぜだろうか。科学論争の本質を知るためにも興味深い。

23. Hogan, B. L. M., Thaller, C. & Eichele, G. (1992). Evidence that Hensen's node is a site of retinoic acid synthesis.Nature 359, 237–241.
この論文が書かれた一部始終を私はそばで見ていたが、そのときの経験がのちに非常に役に立った。90年代のいわゆる「発生生物学の黄金時代」を象徴するような心意気の論文と言えるかも知れない。

24. Jeffery, W. R., Strickler, A. G. & Yamamoto, Y. (2004). Migratory neural crest-like cells form body pigmentation in a urochordate embryo. Nature 431, 696–699.
Gans & Northcuttによる「New Headセオリー」は、神経堤とプラコードが脊椎動物を定義すると述べ、結果、神経堤の起原を極める研究が脊椎動物の起源を語ると認識された。その一方でその前駆体がホヤに存在するという研究が相次いだ。その最初のひとつがこれ。

25. Jollie, M. (1981). Segment Theory and the Homologizing of Cranial Bones.The American Naturalist 118, 785-802.
脊椎動物頭蓋要素の発生起源は動物によって違うのか。その背景にどのような予測があったのか。古典的な比較形態学的コンセプトの終着点を示す論文のひとつだが、それが正しいというわけではない。

26. Kuntz, A. (1910). The development of the sympathetic nervous system in mammals. Journal of Comparative Neurology and Psychology 20, 211-258.
一言でいうとKuntzによる一連の論文は、組織発生学的に末梢神経系の発生を推論したもので、ほぼ正しくそれらが神経堤に由来することを見抜いている。実験発生学が明らかにしたのは、彼の観察眼の正しさだったのかも知れない。

27. Langille, R.M. & Hall, B. K. (1988). Role of the neural crest in development of the trabeculae and branchial arches in embryonic sea lamprey, Petromyzon marinus (L). Development 102, 301–310.
ヤツメウナギ幼生の軟骨頭蓋の一部が神経堤に由来すると述べた論文。今にして思うと、これは進化発生学が勃興する前になされたユニークな試みだった。が、この動物の梁軟骨はいまでは中胚葉由来とされている。

28. Le Lièvre, C. S. (1978). Participation of neural crest-derived cells in the genesis of the skull in birds. Development 47, 17–37.
鳥類胚の頭蓋の由来については1993年のCouly et al.が引かれることが多いが、ここにあげたLe Lièvreの知見がNodenの見解に近いことはあらためて注目すべきだろう。この論文の中のmesectodermとは、ectomesenchymeのこと。

29. Lufkin, T., Mark, M., Hart, C. P., Dollé, P., LeMeur, M. & Chambon P. (1992). Homeotic transformation of the occipital bones of the skull by ectopic expression of a homeobox gene. Nature 359, 835–841.
Hox遺伝子のKO実験が興味深い表現型をもたらしていた真っ盛りの論文。ある意味、典型例と言える。脊椎動物頭蓋のうちでも後頭骨はもともと椎骨であったものが変形して頭蓋に二次的に組み込まれたものとされる。進化とメタモルフォーゼを学ぶのに最適。

30. Mallatt, J. (1984). Early vertebrate evolution: pharyngeal structure and the origin of gnathostomes. Journal of Zoology 204, 169-183.
ヤツメウナギの鰓葉は軟骨支柱の内側にあり、サメのものは外側に結合している。ならば鰓弓骨格は両者において相同ではない?あるいは、神経堤細胞が移動と分布を変えたのか?相同性を発生学的に読み解く第1歩としてお奨め。

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