2023.07.10
青山裕彦さんの訃報に接して
東北大学 仲村春和

1992年松山で開催された日本解剖学会の懇親会にて
左から安田峯生先生、青山裕彦さん、Nicole Le Douarin先生、筆者、竹内(丹)京子さん、絹谷政江さん
左から安田峯生先生、青山裕彦さん、Nicole Le Douarin先生、筆者、竹内(丹)京子さん、絹谷政江さん
青山裕彦さんが2023年6月25日に上行結腸癌でお亡くなりになりました。70歳でした。青山さんより5歳も年上のものとしては非常に寂しさを感じます。
青山さんは1980年に京大理学部の岡田節人先生の研究室で博士の学位を取得し、1981年から新設の福井医大の解剖学教室の助手になっています。福井医大は1980年に開学していますが、解剖学教室は京都府立医大から野条良彰先生が教授で渡辺憲二君が助教授で赴任しています。2018年に渡辺君が亡くなり、このたび青山さんの訃報に接しほんとに寂しくなります。
解剖学教室に赴任した時は、ヒトの体の構造を理解しその解剖学名を覚えることと、新設の医大で実習標本を作ったりするので大変だったと思いますが、赴任して次の年の1982年から2年間青山さんはパリ郊外Nogent-sur-Marneにある発生学研究所に留学しています。私はそこに1979年から1980年まで留学していましたが、私が帰国する前から青山さんの留学は決まっていました。
研究所の所長はウズラとニワトリの細胞を識別することが出来ることからニワトリウズラキメラを作って神経堤細胞の分化のレパートリーを明らかにしていったNicole Le Douarin先生でしたが、青山さんはアメリカのEdelman博士のところからフランスに帰って来て、研究を展開していたJean-Paul Thiéryにつき、神経堤細胞の移動と細胞接着因子についての研究を行っています。神経堤細胞は神経上皮と表皮との境界部の細胞が上皮から飛び出していろいろなところに移動していき、色素細胞、神経節細胞、副腎髄質細胞などに分化していきます。彼は神経節細胞が上皮構造からバラバラの細胞になり、それから集合して神経節を作るメカニズムの研究に従事しています。移動前の上皮構造をとっている神経堤細胞に発現しているカルシウム依存性のL-CAMはバラバラの細胞になると発現が消え、集合の際も再発現することはないが、移動前に発現していたカルシウム非依存性のN-CAMは、バラバラの細胞では発現量が少なくなるが、自律神経節、脊髄神経節として集合する際にまた発現が増してくると言うことを、Cell Differ誌に発表しています。自律神経節の前駆細胞の方が脊髄神経節の前駆細胞よりもN-CAMが早めに発現してくると言うことも報告しています(1)。L-CAMは竹市先生の見つけたE-Cadherinと同じ分子ですが、CAMの発見者であるEdelmanの呼び名でL-CAMとしているところは、青山さんなりに葛藤があったのではないかと思います。
留学後は福井医大に戻りますが、そこで彼は体節の移植により、その頭尾軸、背腹軸がいつ決まるかという研究、肋骨がどこから出来るかというような研究を行っています。留学中はそういう移植の研究は行っていませんが、独自に習得したと思われ、非常に独創的な研究を行ったと思っています。代表的な研究結果は、ウズラ胚の体節を半分に切ったり、あるいは方向を変えたりしてニワトリ胚に移植した実験で、体節の頭尾軸は体節が出来てしばらくしてから決まることを示しています。神経堤細胞は体節の頭側半分内を移動して脊髄神経節を作るが、体節の頭尾軸が決まった後に頭尾軸を逆転して移植すると、脊髄神経節は体節の本来頭側だったところに作られること、そしてその結果肋骨や椎骨の向きも逆転することを示しています(2)。
私は1994年2月まで京都府立医大の生物学教室にいましたが、1994年3月に東北大学加齢医学研究所に転出しました。その後に生命誌研究館で研究員をしていた荒木正介さんが私の後任として府立医大に移りました。青山さんは1995年に福井医大から生命誌研究館に移動しています。
私の師匠である安田峯生先生は2002年に定年で、広島大学第一解剖学教室をやめ広島国際大学に移りました。青山さんは安田教授の後任として2002年に広島大学第一解剖学教室の教授になっています。そこでは体節関係の研究を継続すると共に、肉眼解剖学の教育に力を入れ、解剖学関係の論文も発表しています。2018年には広島大学を定年でおやめになり、広島国際大学で特任教授として研究・教育を行っていました。
改めて青山さんの足跡をたどってみると、私自身と非常に近いところを通っていたことに気がつきました。青山さんのご冥福をお祈り致します。
(日仏生物学会誌にも掲載予定)
文献
(1) Aoyama H, Asamoto K. 1988 Determination of somite cells: independence of cell differentiation and morphogenesis. Development, 104, 15-28
(2) 2) Aoyama H, Delouvée A, Thiery JP. 1985 Cell adhesion mechanisms in gangliogenesis studied in avian embryo and in a model system. Cell Differ., 17, 247-260
青山さんは1980年に京大理学部の岡田節人先生の研究室で博士の学位を取得し、1981年から新設の福井医大の解剖学教室の助手になっています。福井医大は1980年に開学していますが、解剖学教室は京都府立医大から野条良彰先生が教授で渡辺憲二君が助教授で赴任しています。2018年に渡辺君が亡くなり、このたび青山さんの訃報に接しほんとに寂しくなります。
解剖学教室に赴任した時は、ヒトの体の構造を理解しその解剖学名を覚えることと、新設の医大で実習標本を作ったりするので大変だったと思いますが、赴任して次の年の1982年から2年間青山さんはパリ郊外Nogent-sur-Marneにある発生学研究所に留学しています。私はそこに1979年から1980年まで留学していましたが、私が帰国する前から青山さんの留学は決まっていました。
研究所の所長はウズラとニワトリの細胞を識別することが出来ることからニワトリウズラキメラを作って神経堤細胞の分化のレパートリーを明らかにしていったNicole Le Douarin先生でしたが、青山さんはアメリカのEdelman博士のところからフランスに帰って来て、研究を展開していたJean-Paul Thiéryにつき、神経堤細胞の移動と細胞接着因子についての研究を行っています。神経堤細胞は神経上皮と表皮との境界部の細胞が上皮から飛び出していろいろなところに移動していき、色素細胞、神経節細胞、副腎髄質細胞などに分化していきます。彼は神経節細胞が上皮構造からバラバラの細胞になり、それから集合して神経節を作るメカニズムの研究に従事しています。移動前の上皮構造をとっている神経堤細胞に発現しているカルシウム依存性のL-CAMはバラバラの細胞になると発現が消え、集合の際も再発現することはないが、移動前に発現していたカルシウム非依存性のN-CAMは、バラバラの細胞では発現量が少なくなるが、自律神経節、脊髄神経節として集合する際にまた発現が増してくると言うことを、Cell Differ誌に発表しています。自律神経節の前駆細胞の方が脊髄神経節の前駆細胞よりもN-CAMが早めに発現してくると言うことも報告しています(1)。L-CAMは竹市先生の見つけたE-Cadherinと同じ分子ですが、CAMの発見者であるEdelmanの呼び名でL-CAMとしているところは、青山さんなりに葛藤があったのではないかと思います。
留学後は福井医大に戻りますが、そこで彼は体節の移植により、その頭尾軸、背腹軸がいつ決まるかという研究、肋骨がどこから出来るかというような研究を行っています。留学中はそういう移植の研究は行っていませんが、独自に習得したと思われ、非常に独創的な研究を行ったと思っています。代表的な研究結果は、ウズラ胚の体節を半分に切ったり、あるいは方向を変えたりしてニワトリ胚に移植した実験で、体節の頭尾軸は体節が出来てしばらくしてから決まることを示しています。神経堤細胞は体節の頭側半分内を移動して脊髄神経節を作るが、体節の頭尾軸が決まった後に頭尾軸を逆転して移植すると、脊髄神経節は体節の本来頭側だったところに作られること、そしてその結果肋骨や椎骨の向きも逆転することを示しています(2)。
私は1994年2月まで京都府立医大の生物学教室にいましたが、1994年3月に東北大学加齢医学研究所に転出しました。その後に生命誌研究館で研究員をしていた荒木正介さんが私の後任として府立医大に移りました。青山さんは1995年に福井医大から生命誌研究館に移動しています。
私の師匠である安田峯生先生は2002年に定年で、広島大学第一解剖学教室をやめ広島国際大学に移りました。青山さんは安田教授の後任として2002年に広島大学第一解剖学教室の教授になっています。そこでは体節関係の研究を継続すると共に、肉眼解剖学の教育に力を入れ、解剖学関係の論文も発表しています。2018年には広島大学を定年でおやめになり、広島国際大学で特任教授として研究・教育を行っていました。
改めて青山さんの足跡をたどってみると、私自身と非常に近いところを通っていたことに気がつきました。青山さんのご冥福をお祈り致します。
(日仏生物学会誌にも掲載予定)
文献
(1) Aoyama H, Asamoto K. 1988 Determination of somite cells: independence of cell differentiation and morphogenesis. Development, 104, 15-28
(2) 2) Aoyama H, Delouvée A, Thiery JP. 1985 Cell adhesion mechanisms in gangliogenesis studied in avian embryo and in a model system. Cell Differ., 17, 247-260