2022.12.12

岡田節人基金 ISDB海外派遣報告書 河西通(東京工業大学)

東京工業大学 生命理工学院
河西通(助教)
この度は岡田節人基金からご支援をいただき、2022年10月16日から20日にわたってInternational Society of Developmental Biology(ISDB)の主催する19th International Congress of Developmental Biologyに参加しました。

ISDBは1968年に発足した国際組織で、Cells & Development(2020年まではMechanisms of Development)やGene Expression Patternsの発行母体として我々にも馴染みがあります。ISDBはこれまで、日本のJSDBやアメリカのSDBをはじめとした各国の発生生物学会同士の交流を促進するため、およそ4年に1度の周期で大会を開催してきました。また大会中にはRoss G. Harrison Awardの授与式も執り行われます。1989年には本基金の設立者である岡田節人先生が同賞を授与されました。大会の開催地はこれまでアジア・オセアニア、アメリカ、ヨーロッパの各地を巡っており、今年はポルトガルの南岸に位置するリゾート地・アルガルヴェでした。白亜のホテルや住宅が立ち並び、とてもリラックスした雰囲気で大会に臨むことができました。
ISDBへの参加を申し込んだ6月当初、私は国外の研究者と対面でディスカッションできることへの大きな期待と、未だ尾を引くコロナ感染症に対する不安の両方を抱えていました。罹患そのものに対する恐れもありますが、学会滞在中のわずかな期間で万一感染してしまうと帰国が許可されず、数週間にわたりポルトガルのホテルに足止めされてしまう可能性があったからです。ただその後9月になり、帰国時のPCR検査による入国規制は緩和され、帰国が滞る可能性はほぼなくなりました。とはいえ、ポルトガルでのコロナの流行状況やマスクの着用状況はわからないままです。全世界から人が集まる国際学会で、しかも4年周期のところが今年は1年遅れの開催となり、一層密になるのではないかと危惧して、せめてもの感染予防グッズとしてN95マスクを買い溜め、大会当日に備えました。
いざ大会が始まると、現地には約600人もの参加者が集まり、広い学会会場のあちこちで朝から晩まで議論が活発に行われたため、出国まで抱いていたコロナへの不安をよそに、とても刺激的な5日間を過ごせました。

大会の一番の収穫はなんと言っても、面白い仕事をする海外研究者や、普段読んでいる論文の著者に直接会えたことでした。論文は十分な推敲を経て理性的な筆致で書かれますが、著者本人の人となりや情熱、また研究の背景にある考えは対面でこそ伝わってくるものです。今回Ross G. Harrison Awardを受賞されたカリフォルニア工科大学のMarianne Bronner博士は、記念講演としてご自身による神経堤細胞研究の経緯を概説されました。講演の中で、氏の研究展開に対する静かな興奮、そして理路整然と講演される様子に、大袈裟に聞こえるかもしれませんが私は感動しながら拝聴していました。エキサイティングな研究発表をされるかたは他にもたくさんいらっしゃり、うち何人かとは実際に顔を見ながらディスカッションでき、知り合いになることができました。
また、各国から参加者を募る国際学会ゆえに、世界の発生学研究の潮流を知ることができた点も大きな収穫です。なかでも、大会初日に行われたオルガノイドにまつわる講演セッションは興味深く拝聴しました。2008年に理研の笹井芳樹博士のグループが大脳皮質オルガノイドを報告して以来、さまざまな臓器のin vitro作成法開発や疾患の作用機序解明など、オルガノイドはおもに医学的方面で大きな進歩を遂げてきた印象がありました。今回の大会ではそのオルガノイドを道具として用いて基礎生物学的な問いに迫るエキサイティングな研究がいくつもあり、発生生物学の流れの変化を体感しました。

ポスターセッションも大賑わいで、ありがたいことに私は本大会でポスター賞をいただくことができました。今回、ポスター筒をロストバゲージすることがないよう、初めて布ポスターを使用したのですが、布地にも共焦点顕微鏡の蛍光画像が精細に映ること、持ち運びがとても楽なことに驚きました。国際学会でポスター発表される方にはお勧めします。
当初懸念していたコロナについてですが、会期中もやはり会場内外で猛威を振るっていました。私が個人的にディスカッションしたいと思っていた研究者を含め何人かの発表者がオンライン参加や欠席となったほか、私自身もポスターセッションか、あるいは円卓を囲む晩餐会で感染してしまい、帰国直後から1週間の自宅療養を余儀なくされました。いまなお感染対策と研究交流の両立は想像以上に難しい、と身をもって実感した次第です。

今回のISDB大会を通じて、国際学会でしか味わえないアカデミックな興奮を経験することできました。この経験を日々の研究に還元し、よりよい科学をつくっていければと思っています。渡航を支援してくださいました日本発生生物学会関係者の皆様に深く感謝申し上げます。