2022.09.02

海外便り№14 浜崎伸彦さん(University of Washington)

浜崎 伸彦
University of Washington
アメリカのUniversity of Washingtonに留学中の浜崎伸彦と申します。アメリカのシアトルの大学といったほうが伝わりやすいかもしれません。こちらではシングルセルほにゃららだとか、リネージトレーシングだとか、ハイスループットアッセイだとかの現場にポスドクとして2年間働いてきております。本題に入る前に、発生生物学会という個人的にも思い入れのある学会において、執筆する機会をいただきましたこと、特にご推薦いただきました中村輝先生と大澤先生に御礼を申し上げます。

早速、本題へ。

発生生物学会の若手のために海外留学記を、と言われ快諾したものの、何を書くべきか。なにか書き始めなければ。でも何を書けば良いのか、よくわからない。そもそも発生生物学会の若手の求めるものは何なのか? アカデミアでの成功? とにかく面白い研究を突き詰めたい? はたまた単に海外生活を覗いてみたい? よくわからない。いろいろと考えてみたものの、いわゆる海外サバイバル術などはもう列挙されているし、今更追記することなどないのではないか。要は良いラボを選び、良いプレーヤーでいれば基本的には幸せになるだろう。生活面では治安と気候がよければよかろう。そうだ、ここらへんから書き始めればよいではないか。まず、良いラボの条件とは、お金があることである。いきなり身も蓋もないが事実である。ポスドクは自身の才能を伸ばすための期間である。お金がないからあれもこれもできないと縮こまるようではどんな才能も伸びようがない。良いラボの2つ目の条件はいいPIである。良いPIとは、サポーティブであり、モチベーターであり、良い研究を進める方法を知っていて、それでいて自由に研究をさせてくれて、業界内でも評判がよく、人として尊敬できる、そんな人物である。そんなPIがこの世に存在するもんかと言われれば、確かに存在する。私のポスドク時代を振り返ると、二人のボスはどちらもそうだった。少なくとも私にはそう見えている。良いラボの条件その3は同僚である。本当に良いラボにはいい人材が集まる。持論だが人は周りの環境に合わせるように成長する。もしあなたが周りのレベルが高すぎて、やっていけるのかと不安になるような場所を見つけられたら、そこはあなたが最も成長できる場所である。ぜひそこに入り込めるよう全力で挑むとよいだろう。まとめると、良いPIがいて、良い同僚研究者がいるお金持ちラボである。うーむ、自分でも驚くくらい身も蓋もない。

次に良いプレーヤーの条件である。むしろ私に教えてほしいくらいだが、真っ先に思い浮かんだこととしては、

"守破離を意識的に使い分けられる"である。

守破離とは、"日本において芸事の文化が発展、進化してきた創造的な過程のベースとなっている思想で、そのプロセスを「守」「破」「離」の3段階で表している" (Wikipediaより引用)

守破離を研究にあてはめると以下のようなものか。

守...既存の方法/学説を学び、模倣する

破...自分の考えに合うようにアレンジする

離...新しいコンセプトの提唱

例えば、あなたが新しい研究を始めたとする。研究の世界では、ある分野に精通していても少し離れた分野のことについては全くの素人。こういった場面では"守"から入る。受験で培った教科書で学ぶ方法も大事だが、学ぶの語源が真似ぶにあるという説から分かる通り、エキスパートがいるなら、アドバイスを受けに行ったほうが断然効率が良い。ここで問題なく基本的なことを再現できるレベルまで到達することを目指す。次に"破"について。教わったやり方の原理を深く理解し、試行錯誤しながらより良いものを目指す。この段階では、教わった手順や材料を変更することも厭わない。よくあることとして、教わったやり方を変えたくないという人がいる。恐らく失敗をしたくないのだろう。ただ、これでは教わったやり方や考え方を模倣して再現し続ける実験ロボットでいいではないか。そうではない、我々は人類未踏の領域を危険を承知で歩んでいくからこそ、人智の蓄積に貢献できるわけである。自分が居心地の良い現状に満足し、固執していることに気づくことが"破"の第一歩である。そして、"破"を繰り返し、失敗と成功を積み重ねていくと、自ずと失敗と成功の奥に透ける共通性、即ち自然法則が見えてくる。それが"離"の種である。ここから派生するものはすべて独創的なものとなる。
この順番こそが肝であり、今自分がどこのステージにいるのかを自覚した上で一歩ずつ進んでいけば、自ずと研究者にとっての"離"、すなわち研究者としてのアイデンティティが確立されていくのである。

守破離を滞りなく進めるために必要な能力は、常識と論文を疑う思考力、すぐにトライする試行力、そして、やらなくていいことを見極める不動力である。まあ平たく言うと、やる前によく考えて、やるべきことだけに集中して、まずはやってみるといったところか。いずれにしても良いプレーヤーはこうしたプロセスを意識的、もしくは無意識的に行っているように見える。

上記のように、プレーヤーとしての研鑽を積むのは重要だが、留意すべきことがある。華々しいCVを得るための最適行動と素晴らしい研究者になるための行動が必ずしも一致しないことである。どちらか一方でも大変なことだが、それを"両立する"戦略が必要である。また、アカデミアに残りたい人はいつかはマネージャー職 (教授職など)につく必要がある。プレーヤーとマネージャーで求められるスキルには乖離があることは周知の事実なのでプレーヤーのうちにマネージャーのスキルを積極的に取りに行ってもらいたい。

さて、なんだかんだ書いてみたものの、実際の留学中の過ごし方として、とにかく目一杯、精一杯、楽しんでもらいたい。研究面では日本ではありえない経験(良くも悪くも)を積めるだろうし、発生生物学の国際的潮流と日本の立ち位置も見えてくるだろう。いつか別の機会があればこちらについても述べたい。文化面ではアメリカに関しては好き嫌いが分かれるところだろうが、個人的には人と違うことが当たり前という文化が好きである。日本は人と同じことが当たり前 (否、同じであることが求められる)という側面が強いので、まるで正反対である。アメリカでは単純に同調の努力がない分、楽に生きていくことができる。もちろんこちらのこれは言わなくてもわかるだろうという期待が見事に空振りすることも多いが...
良くない点としては、医療制度、ビザ、税金など本当に同じ国かと思うほど非効率的な部分もあるが、そこを許容できるかどうかがアメリカを好きになるかどうかの分水嶺だと思う。また自然も豊か、というより、日本がコンクリ天国という異常事態だということにも気づく。そうそう、働く場所を選ぶ自由というのはPh.D courseもしくはPostdocの期間くらいしかない。そこに住んでみたかったから、というのも素晴らしい理由だ。


最後になるが、留学したいと口にするが、結局留学しない、通称"留学したいしたい病"の人は数多く存在する。断っておくが、私は留学経験があるから偉いとも思わないし、留学自体が目的というのは違うと思っている。それでも無責任にこれだけは言っておきたい。あなたの留学しない理由はこれから更に湧いてくる。大事なことなので、もう一回言わせていただく。あなたの留学しない理由はこれから更に湧いてくる。一回きりの人生、やらない理由を貯めてため息を付きながら愚痴るのはやめて、まずは気になるラボにメールしてみればいい。たったそれだけでいい。運良くinterviewに呼ばれれば、現地を見に行く(旅行の)チャンスだし、たとえアクセプトされなくてもトライはしたのだから、自分の気持ちには折り目がつくだろう。結局自分が数年後、数十年後、晩年、後悔しなければいいのだ。

それではみなさん、良い人生を。