2020.01.06

海外便り№1 服部太祐さん(University of Texas Southwestern Medical Center)

University of Texas Southwestern Medical Center
Departments of Physiology and Neuroscience

Assistant Professor 服部太祐(Daisuke Hattori)

Web: www.utsouthwestern.edu/labs/hattori/
Email: daisuke.hattori@utsouthwestern.edu
日本発生生物学会員の皆様、こんにちは。私は東大理学部生物学科の平良眞規先生の研究室にて卒研を行って学士を修了し、UCLAのLarry Zipursky先生の研究室で博士を取得しました。その後、Columbia大学のRichard Axel先生の研究室でポスドクをし、約一年前よりUT SouthwesternのDepartments of Physiology and NeuroscienceでAssistant Professorとしてラボを運営しています。

私が生物学に興味を持ったきっかけは、当時私立東海高校の生物教諭だった宮地祐司先生の授業を受けたことでした。宮地先生は、教科書に載っている事象はどのような実験を経て立証されたのか、という観点から授業をされました。この授業を通して、観察に基づき仮説を立て、実験をデザインし、結果を検証する、という研究活動のロジックの面白さに感銘を受けました。特に分子生物学と神経科学に興味を持ちました。感情・記憶・思考など人間性の根幹を規定する脳の機能まで、分子でできた神経回路の活動によって制御されている。その仕組みを知りたい、という好奇心が、研究職を目指した原点です。

大学では神経の初期発生を勉強したいと思い、卒研生として平良先生の研究室でアフリカツメガエル予定中脳後脳境界領域に特異的に発現するbHLH型転写抑制因子XHR1の下流遺伝子の同定に関わりました。初めて自分の手を動かしての研究は、信じられないほど面白く、またジャーナルクラブなどでの議論もとても刺激的で、研究をずっとやっていきたい、と確信することとなりました。とても未熟だった私に、時間を惜しまず丁寧にご指導くださった平良先生、並びに平良研の先輩・後輩の先生方には、この場を借りて深くお礼を申し上げます。

大学卒業後は修士課程で平良研に3ヶ月在籍したのち、米国カリフォルニア州ロサンゼルスにあるUCLAの博士課程に進学しました。博士課程からアメリカへ来た理由は二つあります。一つ目はサイエンスです。平良研在籍まもない頃、国際発生生物学会がちょうど日本国内、京都で開催され、私も参加することができました。その基調講演でCory Goodman先生の軸索誘導の話を聞き、神経回路形成の分子機構にとても興味を持ちました。二つ目はアメリカの多様性です。私は大学時代に海外をバックパッカーとして貧乏旅行しましたが、その時にアメリカならではの多様性、そしてその多様性に対する寛容さを、直に体験することができました。様々なバックグラウンドを持つ人々が集まる環境で面白い研究をしたい、と思ったのがアメリカ行きを決めた背景でした。

大学院では神経回路形成の分子機構を研究しました。ちょうどZipursky研で38,016種類の一回膜貫通型タンパク質アイソフォームを選択的スプライシングによりコードするショウジョウバエの遺伝子、DSCAM1が同定された頃で、この分子の軸索誘導における役割の研究が盛んに行われていました。私はアイソフォーム多様性の神経回路形成における機能をテーマに研究しました。この研究を通して、DSCAM1アイソフォームの多様性は、個々のニューロンに特異的な分子標識を与え、それによってニューロンが自己と非自己を認識し分けることを可能にしていることが分かりました。このDSCAM1アイソフォームによる選択的自己認識とその結果生じる反発シグナルは、一つのニューロンから枝分かれする軸索末端や樹状突起がそれぞれ交差せずに効率良く標的領域に分布する現象、self-avoidance(自己交差忌避)を制御しています。のちの研究で、脊椎動物ではProtocadherin(Cadherin-related neuronal receptors)の多様性がDSCAM1と同様の作用機序を介してself-avoidanceを担っていることが分かっています。従って、ショウジョウバエを使った研究によって神経回路形成における種を超えて重要な現象の分子機構が明らかにされた、と言えると思います。

大学院卒業後は神経回路の構造とその機能を研究したいと思い、米国ニューヨークのColumbia大学、Richard Axel先生の研究室にポスドクとして加わりました。Axel先生は、生物学はもちろん、古典や文学にも大変造詣深く、またとてもユーモラスな方で、先生に会うのが楽しみな毎日を送ることができました。研究はショウジョウバエの嗅覚系においてどのように学習がなされ、その記憶が形成されるか、という命題をもとに行いました。学習・記憶に重要なキノコ体神経回路構成ニューロンの包括的同定をJanelia Research Campusの麻生能功先生と共同研究で行い、また、はじめて経験する匂いと既知の匂いとを識別する神経回路のドーパミン依存的作用機序を、新しい行動実験系の確立と一細胞単位での神経活動の記録・改変をもとに明らかにしました。ポスドクの時の仕事の詳細は日本神経科学会の2月号ニュースに研究室紹介として寄稿したので、そちらを参照ください。

これらAxel研におけるポスドク研究の結果をもとにアメリカで職探しをし、昨年末より研究室の運営を始めました。UT Southwesternはテキサス州ダラスの街にあります。テキサス、というと荒野が延々と続いている西部劇のような印象を持っていたため、大都市ばかりに住んだあとだったこともあり、一抹の不安もありました。しかし実際に来てみると、ダラスは全米第4の人口を誇る都市圏の中心都市で、いくつも美術館・劇場がある文化的な街であると分かりました。人種多様性も高く価値観もリベラルで、アメリカ大都市ならではの自由な気風を感じられます。UT Southwesternはノーベル賞学者を今までに6人輩出しているメディカルスクールで、特に若手研究者への支援が手厚いことで知られています。この良い環境を生かして、オリジナリティーとインパクトのある研究を、楽しくやっていきたいと思っています。研究室の方向性としては、動物がどのように予測外の現象を効率的に感知するのか、また、動物の内的欲求が、どのように欲求対象の探索行動を制御するのか、という命題をもとに、その作用機序を新しい行動実験系の開発と、分子・神経活動の記録・改変を通して、分子・細胞・神経回路のレベルで明らかにしていきたい、と思っています。それ以外にも様々な研究テーマがありますので、大学院・ポスドクなど興味のある方は気軽に連絡ください。また近くにお立ち寄りの際にはラボ見学など歓迎します。どうぞ、声を掛けてください。

最後となりますが、恩師の先生方、お世話になった同僚・共同研究者の先生方、また、このメッセージの執筆をお誘いいただいた、東大理学系研究科長・日本発生生物学会長の武田洋幸先生に、心よりお礼を申し上げます。今後ともどうぞよろしくお願いいたします。
実験中のラボメンバー