2021.04.20

海外だより№9 眞昌寛さん(University of Massachusetts Medical School)

Department of Molecular, Cell and Cancer Biology
University of Massachusetts Medical School
Worcester, MA 01605 USA
Assistant Professor
眞 昌寛
月日が過ぎるのは早いものでアメリカに留学して12年が経ちました。J1、H1Bビザを経て4年前に永住権(グリーンカード)を取得、現在私はアシスタント・プロフェッサーとして血管・リンパ管発生の研究をしています。私生活では小さいながら4年前に家を購入し、妻と息子2人+犬1匹で奮闘しながら子育てと研究の日々を送っています。嫁も得意な英語を生かして日本の企業と関わり合いのある現地の会社にフルタイムで就職し、徐々にではありますが生活の基盤が形成されてきています。歳が近い子供がいる同世代の日本人の家族の知り合いも多く、春から秋にかけて毎週土曜日の午後は近くの公園で日本人小学生を相手にサッカーのコーチをして運動不足を解消しています。2年前からは腰痛や偏頭痛を解消するため、子供達の運動量についていくために週30kmを目標にランニングを続けています。特にコロナ禍ではトレッドミルのあるジムが閉鎖してしまいましたがマイナス10度にも落ち込む真冬でもロードランを欠かしませんでした。
   この12年間に起きた身近な研究のブレークスルーは何と言っても遺伝子編集とシークエンス技術です。私は留学当初からゼブラフィッシュを用いた遺伝子編集に注目しその応用技術を発展させてきました。その結果、250年の間、硬骨魚類で無いとされてきたリンパ弁を発見し、その形態形成が哺乳類のリンパ弁と分子的に保存されていることを突き止めました(DOI: 10.1016/j.devcel.2019.08.019)。現在、Cre/loxPを用いた効率的なコンディショナルノックアウト・ゼブラフィッシュの作成法を確立しています。さらに遺伝子編集したゼブラフィッシュとシングルセル・シークエンス技術を併用したトランスクリプトームとオープンクロマチン解析を行い、組織特異的な新規遺伝子マーカーの発見とリンパ弁発生に関わる遺伝子制御解析を目指しています。
   ザックリとしたプロフィールはさておき、この投稿では海外での研究生活に興味のある方、またこれから海外留学を志す方をメインに興味があるであろうと思われる以下4項目を形式張らずに経験と記憶に基づいて書いていきたいと思います。

海外の研究室に目を向けた理由
2008年ポスドク3年目、神戸・理研である程度成果を残した後、「何かもっと自分がワクワクすること、それが他の人から注目を集める仕事がしたい!」漠然とそんなことを思っていました。それを考えると日本だけでは収まりきれないので次の仕事はアメリカでやろうと決めました。私は発生生物学を専攻し、ニワトリ胚を使って器官発生を研究していましたがマウスの実験アプローチと比べ、当時のニワトリ胚を用いた実験技術に限界を感じていました。「何か別の脊椎動物で遺伝学とこれまでに無い技術を使って生命現象を明らかにしたい!」これらのキーワードを考えながら論文を読んでいると、なになに!Zincフィンガー・エンドヌクレアーゼ(第1世代遺伝子編集ツール、ちなみにCas9は第3世代)を使って好きな遺伝子を脊椎動物であるゼブラフィッシュで簡単にノックアウトできる!!ニワトリは胚では無論この逆遺伝学を用いた手法は使えず、マウスでもこんな容易に遺伝子をノックアウトできる手法は確立されていませんでした。当時この手法を使いこなせる研究者は世界に10人もいないだろうと思いました。これだっ!!!と意を決しました。
理研内部の先輩方から情報収集し、初年度の給料を確保しておくとアメリカの研究室に入り込みやすいことを知りました。その年に投稿していた論文があったこともあり運よく1年間の海外留学助成金(上原記念生命科学財団)を獲得できマサチューセッツ州立、University of Massachusetts Medical School(以下UMASS)にあるゼブラフィッシュの若手血管形成研究で有名なNathan Lawson研究室に留学することが決まりました。後に2年間の海外学振も獲得できました。実際、アメリカでは技術と経験に乏しい博士課程の学生にも研究費から給料が払われているので給料を持って日本の有能なポスドクがアメリカの研究室で働きたいと言われたらPI (Principal Investigator:ラボヘッド)は喉から手が出るほど欲しいでしょう。特に、マサチューセッツでは血管研究が盛んでネームバリューもあるハーバード大学、MIT、ボストン総合病院、ボストン小児病院の方に優秀なポスドクが集中してしまいます。
町・大学
   UMASSキャンパスはアメリカ東海岸の北に位置するレッドソックスやマラソンで有名な港町ボストンから西に約100km離れたウースターという町の郊外にあります(ウースターソースと同じ)。私も最近知ったのですがステッカーでお馴染みのニコちゃんマークはここウースターが発祥だそうです。“Worcester”と綴りヨーロッパ人や西海岸に住むアメリカ人からしても言いづらく、ウーチェスターやらウォーセスターと発音する人もいます。日本と同じように四季があり、期間は短いですが春には桜が咲き、夏は日差しが強くカラッと晴れ、秋にはカシやナラ類の木の紅葉を見ることができます。そのぶん冬は長く(私の感覚では11月〜3月)、特に2月〜3月にはスノーストームが頻繁に街を襲い学校施設が休校になることもあります。ボストンの人口は69万人、人口19万人のウースターはマサチューセッツ州の中で2番目に大きな都市です。ボストンからウースターへは州の東西を貫く高速道路がありボストンへ行くにも車なら1時間弱、電車なら1時間半と交通アクセスは問題ありません。私が住んでいるところはウースターから3つ隣の町、車で15分かかります。朝6時に起床し、子供たちを起こし朝食を準備、四人分のランチを作り、子供たちがスクールバス乗り込んだのを見送って大学に行きます。

ラボ環境・研究
   ウースターにあるUMASSキャンパスは南北に細長く伸びる湖の西岸にあり研究棟、医学部生が授業を行う施設、外来病棟、大学病院がコンパクトに集まった外周約1.5kmの小さなキャンパスです。Lawson研究室はキャンパス内の西南に位置する基礎研究棟の6階に研究室を構えています。現在、研究室には私を含めポスドクが2人、テクニシャンが3人、学生が1人在籍して少数精鋭で研究を進めています。複数のプロジェクトをポスドクが開拓し、その下でテクニシャンが実験をサポートします。研究費申請に追われていないときはボス自ら、実験を行い次の研究費申請に向けて準備をします。日本の研究とは異なり研究費の切れ目が研究室の存続に影響し、テニュアを取ったNathanのようなPI(Principal Investigator;つまり研究室のボス)であっても研究の規模を維持・拡大するためには次の研究テーマになりそうな現象や仮説を血眼になりながら次々に模索・発展していかなければなりません。
   例えば日本の科研費基盤研究Aに相当するR01研究申請が通ると4年間で2億円弱の研究資金援助が政府から受けられるようになります(約3万人の申請者があり採択率は約20%以下)。PIは毎提案ごとに創造性と新規性が高く実行可能な研究を提案し、資金を得られない期間が無いようにこの研究資金援助を定年まで繰り返すのです。この資金が得られないとポスドクを解雇し、学生も受け入れなくなり研究を縮小することになります。そのため、継続してR01を得られることがラボを運営していける証でありテニュア(終身雇用資格)が得られる第一条件になります。
   PIとしてラボを19年間牽引しているNathan Lawsonの研究室には小規模なラボであっても潤沢な研究費があり、ゼブラフィッシュを飼育するタンク約3000個以上を収容できる飼育スペースとそれを管理するUMASSスタッフ、最先端のゼブラフィッシュ研究をするための2光子・共焦点レーザー顕微鏡やシングルセル・シークエンス用の10x Chromium controllerがあります。また、同じ部署に三人のバイオインフォマティシャンが常駐してシークエンス解析を相談・依頼できるので非常に心強いです。
    UMASSの特徴は基礎生物、応用生物、生物工学、化学、薬学、医学など様々な分野の“最先端で活躍する強者の研究者達”がコンパクトなキャンパスに集まっているので、1研究室ではできない事でも共同研究する事で迅速でダイナミックかつ質の高い成果が生まれます。事実、ゼブラフィッシュを用いて私が行なった遺伝子編集のパイロット実験から得られた結果をもとに仮説を立て、UMASS内で遺伝子工学、生化学、発生生物学の研究室が頻繁にディスカッションしながら研究が進んでいます(論文投稿中、DOI: 10.1101/354480)。その共同研究者の中には2006年にRNA干渉でノーベル生理学医学賞を受賞したCraig Mello氏もいて実験データのことについて彼が度々Lawson研究室を訪れて話し合ったりする、そんなことがUMASSで日常茶飯事に起きています。
キャリアパスについて 
   アメリカで研究しながら生活を続けることに不安はありますが、アカデミックにおけるキャリパスの選択肢は日本よりも数多くチャンスも多く、またそれに見合った対価が得られると感じています。バイオ企業においても積極的に経験豊富なポスドクを高収入で雇う傾向があると感じています。ボストン市内や周辺にはバイオベンチャーが乱立しているので生物系の求人を沢山見かけます。ボストンでは毎年大規模なキャリアフォーラムが開催されます。フォーラムには日本バイオ関連企業がいくつも参加しており、どの企業も海外での活躍を期待しているのでおのずと海外留学経験のある日本で博士をとったポスドクが高い頻度で採用されると聞きました。
   メジャーなアカデミック・キャリアパスとしてはテニュアトラック制のアシスタント・プロフェッサー(独立研究ポジション)がありますが一つの公募におおよそ300人の申し込みがあるそうです。この公募を勝ち取るためには、一流雑誌(CNS)に最低1〜2本論文を持っている事、将来の研究課題に独自性と発展性がある事に加えプレゼンテーション力が秀でている事が必要だと身をもって感じました。さらに言うとアメリカで外部資金獲得経験があるとさらに確率が上がります。かく言う私も計27通テニュアトラック制のアシスタント・プロフェッサーに応募し、2箇所面接に挑みましたがオファーをいただけませんでした。
  ここからかなり正直に書きます(賛否両論あるでしょうかご了承ください)。テニュアの審査(終身雇用になるかどうかの審査)は8〜10年の間に行われるのが一般的です。もしテニュアトラック制のアシスタント・プロフェッサーに就くと8〜10年の間に少なくともR01を2回継続して獲る必要があります。テニュアの取得率は約30%で残りの70%のアシスタント・プロフェッサーはおおよそ資金獲得に失敗して職を追われてしまいます。勿論、資金調達だけ審査の全てではありませんがアメリカではいかに研究費を継続して獲得できるかが研究を続ける上で最重要になります。
   早く独立して自分の研究室を持ち独自の研究を残りの人生に費やすのが理想的なのは理解していますが私の考えは少し違います。今現在の安全なポジションでR01研究費を獲得する術を徹底的に学び、その研究費を持ってテニュアトラック制のアシスタント・プロフェッサーに応募する方が採択率も上がるし、テニュアトラックポジションについた後も効率よく研究費が申請できリスクが少ないと私は考えました。
   そこで先ずR01申請ができる肩書きを得られるようにPIにネゴシエーションしていき、ポスドクからインストラクターになりました。そして2年前にこれまでの業績とこれからの研究の発展性を評価してもらいPIとしてR01申請ができるリサーチアシスタントプロフェッサー(非テニュア制)になりました。肩書きが変わると給料も上がるので私のネゴシエーションするタイミングはいつも論文が出た直後にします。プロモーションが成功するには1)業績、2)発展性があり独自の研究がある、3)研究の方向性が似ているが双方にとって利益になること、4)PIの研究資金調達能力が優れていること、5)PIとの信頼関係が成り立っていること、以上5点を留学中に構築していくのが重要になってくると思います。

終わりに
   以上長々と書きました。同世代の研究者と比べるとキャリアパスに関してかなり足踏みしている感じはあります。こんな研究生活を続けて大丈夫なんだろうか?食いっぱぐれないだろうか?と言う焦りは常にありますが、なんだかんだ毎日がワクワク新鮮で研究室に行って実験の結果を見るのが楽しいです。これからは更に自分で開拓したリンパ弁の研究領域を最新技術とアイデアで更に掘り下げ、いろんな分野の研究者と出会い新しい発見をしていくのでもっともっと研究がワクワクドキドキ楽しくなるのではないでしょうか?そのためにもこの数年で研究費を確実に取る必要があります。
   アメリカ留学すると決めた時に漠然と思い描いてきた青写真(注:下線)は、まさに上述した通り、これまでの10年間身をもって実感し続けてきたことだと再認識しています。海外で研究することを選んで本当に良かったし、日々生きているという実感が湧きます。この調子で私が研究を仕事として心底楽しんでいる姿を少しでも長く息子たちに見せ続けられればいいなぁ、「パパの仕事ってクール!」って思ってくれたらいいなぁと頑張っています。今後は日本の研究者と強いコネクションを形成し国際的な共同研究を活発に行い、ゼブラフィッシュを使ったリンパ管の研究を日本で認知してもらえるように活動していきたいと思います。

追伸
   最新のCRISPR技術開発を行っている研究室の隣に位置するLawson研究室はゼブラフィッシュを用いた遺伝子編集技術に長けており、その技術を習得しようとする日本からの短期留学生を受け入れています。ゼブラフィッシュの遺伝子編集に興味はあるけど長期留学に不安がある方など、短期留学に興味がありましたら私かまたは彼に直接連絡してみるのもよいと思います。更にゼブラフィッシュと最先端の遺伝子編集技術にドップリ浸かって血管奇形病理モデルを研究してみたいと考えている熱意と実績のあるポスドクまたは学生がいましたら現在ジョブポストがオープンしています(https://www.umassmed.edu/lawson-lab/postdoc-position/)。