2021.01.29

海外だより№8 水本公大さん(ブリティッシュコロンビア大学)

水本公大(ブリティッシュコロンビア大学)

はじめまして、ブリティッシュコロンビア大学(University of British Columbia: UBC)で研究室を主宰しています水本公大と申します。線虫を使ってシナプスのパターン形成や神経発生に関与しているシグナル経路の研究を研究しています。日本発生生物学会の会員ではないのですが、海外で研究をすることについての個人的な経験を書く機会をいただきました。アメリカやヨーロッパの大学、研究所に比べるとカナダの大学の情報というのは比較的限られていると思うので、宣伝もかねてカナダ、バンクーバーでの研究生活を紹介したいと思います。
研究

私は神戸大学で植物遺伝学を学んだ後に、当時神戸理化学研究所にあった澤斉先生(現国立遺伝学研究所教授)の研究室に博士課程の学生として参加し、線虫遺伝学を学びました。学位取得後にスタンフォード大学のKang Shen研究室にポスドク研究員として参加し、そこで線虫の神経発生分野に足を踏み入れました。博士課程、ポスドクの両方とも、自分のアイデアを自由に試させてもらえる恵まれた環境でした。2015年にUBCで独立し、現在は神経同士がどのような細胞間コミュニケーションを行い、シナプスを形成する場所を決定しているのかについて研究を行っています。また、博士課程のころから研究しているWntシグナル経路についても、神経発生におけるその機能について研究を続けています。最近は神経細胞がシナプスを作らないための分子機構について特に注目して研究しています。
UBCとバンクーバーについて

UBCはカナダ西海岸側の最大都市であるバンクーバーにある公立大学です。トロント大学、マギル大学と並ぶカナダトップ校の一つで、学部生4万5千人、大学院生1万人以上が在籍する巨大大学です。キャンパスは海に面しており、バンクーバー国際空港からは車で20分くらい、バスと電車で45分くらいの便利な所にあります。自然に囲まれたキャンパスではハクトウワシやコヨーテを見かけることもあります。バンクーバーはカナダの中では温暖な都市で、雪が積もることも1月から3月の間に数回あるかどうか程度です。ただし冬が雨季なので、11月から3月くらいは雪にならない程度の冷たい雨が続きます。一方で夏は非常に快適で、晴天が続き、湿度も低く、気温も25℃以上になることはめったにありません。カリフォルニアにいたころは夏のカリフォルニアは最高だと思っていましたが、バンクーバーの夏のほうがはるかに快適です。緯度が高いため、冬は日照時間が短く、4時過ぎには暗くなる一方で、夏は朝4時くらいから夜10時くらいまで明るく、夕食後に外で遊んだり、大学内にあるビーチに夕日を見に行くこともできます。
バンクーバーは都会である一方で自然も多く、ハイキングやスキーに適した山にダウンタウンから30分で行くことができます。またアメリカ国境も近く、休日に車でシアトルまで買い物に出かけることも比較的簡単にできます。
また、バンクーバーは国際性が非常に豊かで、アジアから近いこともあり、アジア人にはとても住みやすい都市です。薬物問題や高騰する地価など問題はありますが、過去6年間で自分が外国人であることに由来する怖い、あるいは不快な思いをしたことは生活面においては今のところありません。アパートの騒音関係とか日本でもよくあるような細かなことのほうが生活のクオリティに対する直接的な影響が大きいような気がします。
バンクーバーには日本食レストランも豊富にあり、日本のメジャーな日用雑貨屋さんや洋服屋さんもあります。また、地ビール工場もたくさんあるので、ビール好きにはたまらないと思います。日本のボタンエビの近縁種であるスポットプラウンの産地としても有名で、漁期の5月―6月くらいは、魚屋さんの生簀はエビでいっぱいになります。漁から戻ったばかりの漁師さんからとれたてのエビを直接購入することもできます。
UBCでの学生、ポスドク生活

アメリカやヨーロッパの多くの大学と同様に、UBCの大学院生にはお給料が出ます。フェローシップを獲得すると最低給与基準額から上乗せされることが多いです。大学院プログラムによっては奨学金獲得者に対して最低上乗せ額を設定しているところもありますが、基本的には受け入れ教官との話し合いで決定されることが多いようです。ポスドク研究員の場合は特に給与基準がないので、大学院生よりもボスとの話し合いが重要になります。日本人はフェローシップを持ってくることが多く、またあまりネゴシエーションをしないのでお得意様扱いを受けますが、お金の話は臆せずにきっちりしたほうがいいと思います。住居に関してですが、大学院生の場合、大学の寮に入ることができます。ポスドクはスタッフ扱いとなるので大学内にあるファカルティ、スタッフ専用のアパートに住むこともできます。大学内にはスーパー、病院、歯医者、保育所-高校までそろっており、特に大学から出なくても不自由なく生活することができます。また大学内に讃岐スタイルのうどん屋さんもあり、さらに最近二軒ラーメン屋さんが出来たのも日本人的にはうれしいところです(2020年現在)。UBCはダウンタウンからバスで30分くらいのところにあるので、都会生活を好む人たちはダウンタウンに住んでバスや自転車で大学に通っています。家賃が高いため、単身の学生、ポスドクはルームシェアをしていることが多いようです。
アメリカとカナダの大学院制度の大きな違いは修士課程の存在でしょうか。カナダの大学は日本と同じように修士課程(2年)と博士課程(3-5年)に分かれている大学院プログラムが多数派です。ただし、指導教官との合意のもとで直接博士課程の学生として受け入れることもできます。修士から博士へのトランスファーも複数の方法があって、いったん修士課程を修了(修士論文を書いてdefenseを行う)したうえで博士課程に入る方法と、修士課程の間にcomprehensive exam(博士課程の研究プロポーザルの審査と口頭試問)を受け、博士課程に移行する方法があます。どちらの方法にも一長一短があり、学生さんの意向を聞いたうえで、その学生さんにとって適切だと思う方法でトランスファーを行います。
また、日本の大学院と同様にUBC、そしてカナダの大学院プログラムの多くはローテーションシステム(大学院1年目に複数の研究室に所属して希望研究室を決める制度)を採用しておらず、研究室に直接配属されます。そのため、大学院応募の際には希望研究室に事前にコンタクトをとって、その研究室に大学院生を受け入れるスペースとお金があるかを確認しておくことが大切になります。ネットで拾ってきたテンプレートのようなメールは良い印象を与えないので、CVやその他必要な情報はすべて添付したうえで、コピペではない自分の言葉で熱意を伝えることを強くお勧めします。また、なるべく早い時期にコンタクトを取られることをお勧めします。日本と異なり、大学院生一人を受け入れるためには実験にかかるお金とお給料をあわせて年間数万ドル(数百万円)の研究費が必要になりますので、いくらその研究室に参加したくても、また私たちがいくら学生さんを受け入れたくてもお金がなければどうしようもありません。12月上旬のアプリケーション締め切り直前に例年多数の問い合わせメールが来ますが、研究費はいきなり準備できるものではないので、あらかじめ大学院生を採用する予定であった場合を除き、受け入れられる可能性はあまり高くありません。
これらのことは逆に言えば、大学院生を受け入れるかどうかは、研究費を含め、研究室主催者の裁量に任されているということです。ですので、受け入れ研究室から内諾をあらかじめもらっておけば、最低合格基準(学部成績、非英語圏からの応募者の場合は英語能力)さえ満たしていれば、問題なく希望研究室に参加できるはずです。奨学金を獲得していると上記の研究費のハードルが下がる、あるいはなくなるので研究室選びの幅も一気に広がります。また、いわゆる入試というものは存在せず、基本的に書類審査のみで合否が決定されます。大学は9月に新学年が始まりますが、大学院生は基本的にいつからでも始められます。私の研究室の学生さんたちも、それぞれ開始時期は1月、5月、9月とばらばらです。大学や大学院プログラムによって詳細は異なりますので、各大学院プログラムのホームページご確認ください。「大学名+graduate program」で検索をかければ簡単に見つかります。
小心者だから海外で独立

こちらで独立していることもあって、よく日本の方から「なぜ日本に帰らなかったのか」と聞かれますが、単純に日本に職がなかったからです。決して選り好みをしたわけではなく、いろいろと応募したのですが、自分の実力不足のため箸にも棒にも引っ掛かりませんでした。じゃあ「日本に帰りたかったのか」と言われると、わからないというのが今の正直な気持ちです。帰りたくなかったといえば嘘になりますが、小心者の自分には30代後半、40代を単年契約の任期付きポスドク、特任助教として生きていく勇気と自信はありませんでした。海外で独立というとなんだかチャレンジしているような印象があるかもしれませんが、私の場合はむしろ逆で、身分の安定と充分な研究環境を求めた結果、今のポジションに行きつきました。今後ずっとここにいるのか、また別のところに行くのかはわかりませんが、少なくともテニュア職と充分な研究環境、そして正当な評価基準を用意したうえでのテニュアトラックポジションであるということは、自分にとって独立した後にここで一生懸命頑張るための大きなモチベーションになっていたことは間違いありません。
日本でのコネクションは大切に

個人的には身内、知り合いを採用する人事には反対ですし、将来なくなればいいと思っています。とはいえすぐに変わるとも思えない就職問題は人生を左右する大きな問題です。私は幸運に幸運が重なって自分の研究室を構えることができました。だからといってこれから海外大学院やポスドクを考えている人に「自分と同じようにきっとうまくいくよ」とは口が裂けても言えません。スタンフォード時代の研究室の同僚は全員私よりはるかに優秀だったのですが、タイミングが合わなかった、あるいは研究がたまたま期待していた方向に進まなかったために希望する職に就けなかった人たちがたくさんいました。ですので、海外に出るときに自分のように完全に退路を断ってしまうのはあまりにリスクが高すぎると感じます。実際、スタンフォード大学にいた日本人研究者で日本に戻られた方の多くは、元指導教官や知り合いから声をかけられて職を見つけている人たちが多数派で、いわゆるガチ公募で日本での教員職を得た人はごく少数しか知りません。知り合いのつてで職を見つけるというのが日本でのメジャーな就職方法だとすれば、当然ながら公募でのポジションの数はそれだけ限られるということになります。日本に帰ることを必須条件にしている人は日本にいるころから強いコネクションを維持していくことが大切なようです。
海外のコネクションも大切に

では北米ではコネクションは必要ないのかといわれるとそんなことはありません。トップ研究者の引き抜きは公募を経ずに行われることが多く、またそれを阻止するためにカウンターオファーを出したりすることは日常茶飯事です。その過程で候補者の配偶者になんらかのポジションを用意する(spousal hire)こともよくあり、オフサイクルで突然学科から「新しいファカルティ候補と会ってくれないか」と言われることもあります(これらコネクション人事とは通常考えませんが)。ただし、公募情報が公示されているアシスタントプロフェッサーポジションの場合は、ほとんどの場合、公正な選考がなされていると思います。何度かテニュアトラックポジションの採用プロセスに携わったので、その経験をシェアしたいと思います。ちなみに採用に関するガイドラインは大学によって厳密に規定されており、大学のホームページで公開されています。また、以下に記載することはあくまで私の所属する学科での採用プロセスになりますが、北米の多くの大学は多少の違いはあれ、似たような採用プロセスになっており、こちらでファカルティポジションを得ようと思っている人たちの間では常識とされているものです。私が所属する理学部動物学科の場合、教員採用のSearch committeeは職位、性別、人種に配慮された5人で構成され、その5人ですべてのアプリケーション(通常150-250くらい)を審査し、面接に呼ぶ5-6人のショートリストを作成します。ショートリストには候補者の能力、学科との適合性、そしてcommitteeの意向が強く反映され、総応募者を反映する男女比になるようにも配慮されます。面接は2日間にわたって行われ、候補者はセミナー、チョークトークの合間に15-20人のファカルティと面談を行います。Search committeeは面接後、候補者のセミナーを聞いた人たちからのフィードバックも参考にして、候補者のランキングを作成します。そして選考過程を教授会で説明し、教授会の了承を得たうえで上位からオファーを出していき、上位に断られたら次の候補者にオファーを出します。ただし、面接の結果次第では「上位2人に断られたら来年再公募」とか「今年は採用なし」という結論になることもあるので、面接に呼ばれたからと言って上位が辞退すれば必ず次点の候補者に順番が回ってくるというわけではありません。生命医学系の候補者にチョークトークを軽く見て失敗する事例がしばしばみられます。チョークトークでは今後の研究展望のほか、ボード(黒板)を使ったプレゼン能力(≒講義能力)を審査します。UBCは公立大学ですので、教育を軽視している、教育能力に問題がと判断されるとその時点で不採用になります。学部教育は研究者として時間の無駄だと思う方は研究所に絞って就職活動をされることをお勧めします。かくいう私もポスドク時代は若干そういう考えがあったのですが、こちらで学部教育に深く携わるようになって、改めて教育の重要さ、特にアカデミアに残らない大多数の学部生へ基礎科学への理解を深めてもらう事を強く意識するようになりました。特に世界中でコロナウイルスが蔓延している今、一般社会の科学に対する理解の重要さを感じられている方も多いのではないでしょうか。また、学部生からの容赦ない授業評価は、プレゼン能力の改善とメンタルを鍛えるという面においても大いに役に立っています。
さて選考の話に戻って、上記の選考過程でどこにコネクションの力が入り込むのでしょうか。身内からの応募は相当のメリットがない限り、不利に働くことがほとんどです。その一方で、応募者が「誰からどのくらい強く推薦されているか」という形でコネクションが存在します。分野を牽引する研究者からの強い推薦文はショートリストに残るための非常に強力な武器になります。面接時には応募者本人の資質のみを審査するので、推薦文の影響力はほぼなくなりますが、1つのポジションに数百人が応募して、その中から5人程度しか面接に呼ばれないことを考えると、論文リストや履歴書からは測りにくい候補者の資質をしたためた強力な推薦文は大きな助けになります。こちらの場合、通常推薦文は3-4通(学生時代の指導教官、ポスドク時代の指導教官と、あともう1,2人)用意します。指導教官からの強い推薦文は大前提として、なるべく偉い先生に自分の研究を知ってもらっておくことも大切になります。ちなみにテニュアや昇進の際に共著論文や共同研究歴のない人たちからの推薦文が必要になるので、たくさんの研究者と良好な関係を築くことは独立してからも大切になります。
日本でのアカデミア職の閉塞感からか、日本でポスドク、特任助教をしている方から海外の大学に応募しようと思うがどうだろう、と相談を受けることが増えてきました。可能性としてはもちろんあると思いますが、北米からの応募者と比較して不利になりえる点がいくつかあります。まず英語です。非英語圏からの応募者の場合、応募者の英語能力が図りにくく、懸念材料としてネガティブに働きます。また、現在日本で特任助教をされている方は、肩書がassistant professorとなるので、実際の職務にかかわらず研究費獲得歴、コレスポ論文の有無、学部生、大学院生の教育歴を審査されることになるので、ポスドクの応募者よりもハードルが上がる印象があります。もしもポスドクとほぼ同義のポジションである場合はその旨を履歴書に明記されたほうがいいと思います。さらに上で述べた推薦文です。当然ながら日本でのコネクションはこちらではあまり意味を成さず、推薦文というこちらのルールに則ることになります。日本から海外独立を目指す場合、英語での講義歴などの英語能力の証明や、北米の推薦文様式を熟知している方からの推薦文を確保しておくと、面接に呼ばれる可能性が少しは上がるのではないかと思います。
おわりに

研究者のメリットは世界中どこでもできることだと思います。日本だろうと海外だろうと、精いっぱい生活と研究を楽しめる環境を見つけるために、本寄稿が少しでも参考になりましたら幸いです。おおっぴらに書けないこともたくさんありますし、ここで書いたことは私の限られた体験に基づくものですので、あくまで参考程度にしていただけたらと思います。とりあえず私は現在、コロナが終わったら日本に行ってコンビニのおにぎりとプリンを食べることを楽しみにしています。250円で幸せを感じられるのも海外生活のいいところかもしれませんよ。