2020.12.21

海外だより№7 中村哲也さん (Rutgers the State University of New Jersey)

Department of Genetics, Rutgers, the State University of New Jersey
Assistant Professor, Tetsuya Nakamura
Lab website; http://nakamuralab.com
Email; nakamura@dls.rutgers.edu
Rutgers, The State University of New Jerseyで研究室を主宰している中村哲也といいます。まだまだ日本からアメリカに引っ越したばかりの気分ですが、シカゴでポスドクとして5年間働き、独立してラボを立ち上げてから3年が経ちました。私達のラボは魚の進化発生メカニズムの研究をしています。今までに、アメリカでポスドクをして独立ポジションを探した経緯は、実験医学等の他の記事に書かせて頂きましたので("ラボレポート独立編"https://www.yodosha.co.jp/jikkenigaku/book/9784758125086/index.html)、この記事では、海外で独立して研究するのは日本と何が違うのかにフォーカスして書かせて頂きたいと思います。私がまだ日本にいた頃は、時々海外でポスドクをしている先輩達から話を聞かせてもらっていたのですが、日本人でPIになって研究を進めている方の話を聞く機会は限られており、圧倒的に情報が不足していました。ですので、この記事がこれから海外で研究をする事、独立する事を視野に入れている方の参考になれば幸いです。さらに詳しい情報が必要な方は、遠慮なくメールを送って頂ければと思います。
日本からアメリカへ

  私の経歴は、海外でPIをされている他の日本人研究者の方とは少し違うかもしれません。大学院は、マウスの遺伝学で名門であった大阪大学 生命機能研究科 濱田博司先生(現理研)の研究室でお世話になりました。その後、濱田先生の研究室と情報工学科の中口悦史先生(現東京医科歯科大学)の研究室でポスドクを1年数ヶ月、そしてその後濱田先生の研究室で助教として4年間働かせて頂きました。当時の研究の興味は、哺乳類の体の左右非対称性がどのように決まるのか、というものでした。マウスの遺伝学と併せて、基礎生物学研究所の望月敦史先生(現京都大学)との共同研究で数理モデルやプログラミングの基礎も学ぶ事ができました。研究を進める中で徐々に、将来は水生動物の発生と進化の研究がしたいと思い始め、マウスの研究室の片隅で魚類や両生類も飼わせて頂き実験をしていました。また以前から、海外で研究をしてみたいという気持ちがずっとあったので、アメリカとヨーロッパの複数のラボにメールを送ってポスドクとして雇ってもらえないかを問い合わせてみました。私の場合はそれまではずっとマウスの研究を行っており、突然魚の進化発生の研究に方向転換することにしたので、魚の研究を行なっている有名な研究室からはすぐには良い返事はもらえませんでした。特に気になっていたいくつかのラボからは「フェローシップがあるなら来てもいいよ」といった感じの返事でした。そこで、フェローシップの応募を始め、幸運にも日本学術振興会の2年間の海外留学用のフェローシップでサポートして頂けることになり、アメリカのシカゴ大学のNeil Shubinさんの所にポスドクとして留学しました。後にNeilと仲良くなってから彼のメールボックスを見せてもらった事があるのですが、留学を希望する学生とポスドクから大量のメールが来ており、ほとんど返事をしていないとの事でした。ですので、もし今留学を考え始めているのであれば、早めにフェローシップの応募を始める事をお勧めします。私の場合は、その後も有難いことに複数のフェローシップと研究助成金にサポートして頂き、以前からずっとやってみたかった魚のヒレの発生進化メカニズムの研究にたっぷりと5年間、シカゴで専念する事ができました。
オファーとスタートアップ資金の交渉

 アメリカでポスドクとして働いて3~4年経つ頃には研究業績が増えていたので、アメリカとヨーロッパの色々な大学と研究機関に応募して、複数の独立ポジションのオファーをもらう事ができました。海外にポスドクとして留学すると、エキサイティングであると同時に、この先自分に仕事があるのだろうかという不安な気持ちも常に付きまとうのですが、ここまで来てやっと一息つけました。海外でのジョブハントは、application packageを送った後に、オンラインの面接、現地面接へと進みます。競争率は非常に高く、大体、一つのポジションに200人程の応募があり、その中からうまくポジションにフィットする人が選ばれます。面白いのは、オファーを複数もらうと選ばれる側から選ぶ側へと一気に立場が逆転します。実際に、オファーをもらってからどこで独立するかを決めるまでは、相手側の大学や研究機関もとても待遇良く扱ってくれます。特に、オファーをもらった後に行くセカンドインタビューでは、将来の同僚になるかもしれない教授達と美味しいディナー食べながら研究の話をできますし、大学内だけはなく周辺の街や不動産のツアーにも連れて行ってもらえます。その後それぞれの大学のfacultyと詳しく話をして、オファーの詳細を詳しく確認して、自分の行きたいところを絞っていくという順番です。そして、自分の本命の大学を絞れば、次に一番大事なスタートアップ資金の交渉が始まります。自分の本当に行きたい大学に対して、「他にもXXX大学からもすごく魅力的なオファーをもらっている。でもあなたの大学が研究環境としては一番気になっているので、もし可能であれば少しスタートアップ資金を増やしてもらえないだろうか」といった感じで交渉を進めます。大学側としては、やはり自分達が選んでオファーを出した人に来て欲しいので、できる範囲内で交渉に応じてくれます。私の場合は、いくつかの名前の知れたヨーロッパの研究機関からオファーをもらっていたので、それを武器に今実際に働いているdepartmentにスタートアップ資金を25 %ほど増やしてもらい、またパートタイムのテクニシャンもサポートにつけてもらいました。ただ、いくら自分が選ぶ立場にあるからといって、あまりに強気な交渉は避けたほうが無難かと思います。交渉している相手は、これから一緒に働く同僚になるので、やはりナイスな関係を築いておくのがベストです。
アメリカでラボを立ち上げる

  さて実際に独立すると、これは世界どこでも同じだと思いますが、空っぽの研究室とオフィスに自分が一人という所から始まります。今までは、ボスと同僚達といろいろわからない事を相談しながら研究を進めていたのですが、突然自分一人になってゼロから物事を始めるのはすごくエキサイティングであると同時に不安です。しかし、私のラボは、1年も経つ頃には、メンバーが数人に増え、3年たった今では10人になりだいぶ研究室らしくなってきました。今までの自分のキャリアでは、estabilshされたラボで同僚と研究や雑談の話をしたり、呑みに行ったりパーティーをしたりと和気あいあいと過ごしてきたので、最初は少し寂しいなという思いもありました。でも今振り返ると、ラボ立ち上げの時期にメンバー全員の3人で食事に行ったりしていたのはすごく良い思い出です。
  アメリカでラボを始めてからとにかく苦労するのは、writingのスピードも質もどちらもnative speakerの方が圧倒的に優っている事です。アメリカ人の同僚や友達と話をしていると、グラントを大急ぎで2週間で書いたなどといっている事があるのですが、これは私にはとても無理な話です。私の場合、普段は大型のグラントの申請書を2~3ヶ月かけて書き、英語の表現や文法をブラッシュアップしていきます。大体1年間に大きなグラントの申請書を3つほど、小さなグラントの申請書を2~3つ書きます。またそれと同時に自分のラボの論文も書いていくので、アメリカでPIになると日々の時間のほとんどを英語のwritingに費やす事になります。これが日本とアメリカでラボを運営する時の大きな違いではないでしょうか。アメリカ人の教授でもグラント書きにほとんどの時間を費やしている場合が多く、実験を自分でやって楽しんでいる人はそれほど多くないようです。特に私のようなスピードで申請書や論文を書いているともう大変です。私の場合は、自分のwritingの遅さを補うために、土日もずっと英語を書く生活になってしまいました。しかし、時間をかけて書けば書くほど、書く力もスピードも上がってくるので、今はとにかく文章を書きながら、その合間に実験もしながら毎日を過ごしています。このような状況ですごく忙しい事はそうなのですが、アメリカにいてすごく良いなと思うのが、会議などにほとんど時間を使わなくて良いところです。こちらはみんな、長い会議が大嫌いです。なので、月に1回の教授会も1時間半が経てば、そこで強制終了です。"後はメールで"と言って解散します。そして、実際にその後にメールが来たことは一度もありません。また若手のassistant professorに回ってくる学科内の委員会等の役は、年間を通して数時間働けば良いようなほとんどゼロに近い仕事量なので、若手の間は実質的にはサイエンスにほとんどの時間を使う事ができます。アメリカでは意図的にこのような仕組みになっており、とにかくテニュアトラックのassistant professorを研究に専念させるという目的があります。私のいるdepartmentでは、シニアのprofessor達が手間のかかる委員会を積極的に引き受けてくれており、グラントが取れラボから論文が順調に出だしたassistant professorには手間のかかる委員会の役が回ってくるという状況です。勿論、これはassistant professorに研究者として成功してもらいたいという事と、departmentとしてスタートアップ資金を援助した金額を、グラントをとって返してもらいたいという二つのゴールがあります。
  日本の大学と比べると、associate professorになった後もいわゆる大学内の"雑用"や会議は少ないと思います。これは良い意味でも悪い意味でもみんな無駄な事はしたくないし、限られた時間の中で自分の仕事に集中すると同時にプライベートの時間もきちんと取るという目的だと思います。こちらのサイエンティストは使った時間に対するproductivityと、論文を出すスピードについてはすごくシビアです。日本よりも生き残り競争が激しい環境で、限られた時間の中でいかに速く面白いデータを取るのかという意識は、アメリカとヨーロッパの多くの研究者とディスカッションをして、また共同研究をする中で学ぶことができました。
魚の進化発生メカニズムの研究

 現在、私の研究室はスタートしてから3年が経ち、やっとラボらしくなってきたなというのが本音です。始めた頃と比べると、いろいろな実験のノウハウが増えつつあり、それぞれのメンバーも経験と知識が増え始め、やっと競争力のある研究プロジェクトが立ち上がり始めたという状況です。また自分自身もラボのボスとして、研究能力以外にもmanagementやwritingなどの力をつけるのに時間がかかります。私達のラボの研究テーマは、魚の鰭の進化発生メカニズムです。私はシカゴ大学でポスドクを行っていた時に、Hox13遺伝子が魚のヒレの鰭条の発生に重要である事を遺伝子ノックアウトゼブラフィッシュを使って見つけました。マウスではHox13は、手首と指を形成するのに重要であることから、おそらく、魚の鰭が私たちの手に進化したのは、Hox13の機能が変化したことが原因ではないかと考えています。また、他のプロジェクトとして、魚の中でのヒレの多様性の進化メカニズムにも興味を持っています。エイのヒレの進化メカニズムを解析するためにエイのゲノムコンソーシアムと共同研究を行っていたり、シクリッドを用いてヒレの進化の原因遺伝子の特定を進めています。発生生物学を勉強されている皆様ならご存知の通り、脊椎動物の個体を使ったgeneticsとgenomicsのプロジェクトにはどうしても3?4年の時間がかかってしまいますので、ラボの立ち上げの時期に中々結果が見えてこないのはこの先どうなるのかという思いもあります。しかしながら、遺伝子組み換えを行い、個体で表現形がはっきりと見えた時の喜びはかけがえのないものです。これから先数年かけて、私達が撒いた種が大きく成長してくれる事を祈って毎日研究を進めています。
グラントと審査プロセス

さて、アメリカで独立すると一番頭が痛い問題がグラントの獲得です。日本と違って、こちらではグラントが獲得できなければ、研究室として生き残るのは不可能です。グラントの採択率も他の国と比べると随分低いです。分野によっても多少違いますが、確か発生生物は7%ぐらいだったと思います。ですので、こちらでは有名教授もグラント書きに必死です。また、グラント獲得の競争が激しいのは研究の方向性にも大きく影響します。日本にいた頃は、基礎研究を行うにあたって、比較的自由にテーマを選んで自由気ままに研究をさせてもらっていました。しかし、こちらの多くのラボは、グラントを獲得できそうな競争力のあるプロジェクトにラボのメンバーの力を集約して、チーム一丸となって研究を進めるところが多いと思います。同時に、PIは各メンバーのproductivityの事をすごく気にします。このシステムの良い点は、ラボのメインのプロジェクトに集中して研究をするので、ラボのメンバー間でもうまくフィードバックが回って非常にproductiveです。悪い点としては、単純に興味だけで始まる将来どうなるかよくわからない研究プロジェクトに浅く広く投資するのは難しいという点が挙げられます。ですので私がポスドクの頃は、ボスの研究室のメインのプロジェクトを重点的に進めて、夜や週末に暇な時間を見つけては自分で獲得した少額のグラントでサイドプロジェクトを行っていました。アメリカでは研究室のメインのプロジェクトできちんと成果を出していると、サイドプロジェクトについては自由にさせてくれるところが多いのではないかと思います。
 グラントの審査過程ですが、これは多くの若手のassistant professorにとってはブラックボックスです。どのような申請書が高く評価され、またどのように判断されているのかもいまいちよくわかりません。この状況は日本でも似たり寄ったりではないかと思います。日本と違うのは、申請書に対してのコメントが日本よりは多く返って来るので、申請書のどこが良くて悪かったのかが少しわかりやすいところです。アメリカのグラント審査のシステムでとても良いなと思ったのは、NIHもNSFどちらもEarly Career Reviewer プログラムというものがあり、若手のassistant professorを一度だけグラントの審査会議に参加させてくれる事です。私も一度参加したのですが、これは非常に良い勉強になりました。世界トップクラスの教授陣に混ざって、グラントの申請書の審査のポイントや採点方法を観察できるまたとないチャンスです。今までずっと自分が尊敬してきた有名な教授達の申請書もたくさん読むことができるので、その人達のグラントの書き方を勉強することもできます。しかし、その反面、そのような有名教授の申請書でも容赦無く落とされているところを目の当たりにすると、アメリカのグラント獲得競争はラボを持つ限り一生続くのだなとヒシヒシと感じます。ところで、今の日本にはこのような若手の研究者をグラントの審査に参加させるシステムがあるのでしょうか?私が日本で助教だった時には聞いた事がなかったのですが、もし今でもなければぜひこのようなシステムを作ってみては如何でしょうか。若手の研究者にグラントの書き方や審査プロセスを見せるのは勿論のこと、グラント審査をある程度オープンにする事で公平な審査方法を見てもらうという意味でもすごく良いと思います。
研究環境と生活

  私の所属しているRutgers universityは、New Jersey州のNew Brunswickという小さな大学街にあります。このロケーションは研究と生活の両面にとって全く申し分のないところです。北に位置するマンハッタン まで電車で45?50分ほど、南にはプリンストン大学、さらに南に行けばNIHがあります。アメリカ国内のNortheastエリアでの小規模のミーティングはたくさんあり(Covidのせいで現在はオンラインになっています)、とにかく最新の研究や技術の情報がとても早く入ってくるので、ネットワークを広げながら研究を進めるには申し分のない場所です。その中でも特に私の研究室は、マンハッタンのAmerican Museum of Natural Historyやマサチューセッツ州のMarine Biological Laboratoryなどとコラボーレーションをしており、進化発生の研究を進めるにはとても楽しい環境です。ただ、このような恵まれたロケーションには、研究室を運営してみると別の問題が発生します。周りに世界トップレベルの研究大学が多いので (Yale, Columbia, Princeton univ.など)、学生やポスドクをリクルートするのが中々難しいのです。
   生活の面ではNew Jersey州はアジア人としてもとても過ごしやすいところです。New JerseyとNew York 州はアジア人の人口が他の州と比べて随分多いため、日系やアジアのスーパーがたくさんあります。ですので、日本食や食材等に困る事はほとんどありません。特にこの辺りは、他の州と比べるとアメリカ生まれではない移民が人口の多くを占めるので、30代で移住した外国人としても周りの人と移民の気持ちを共有できる事も多く、とても快適に過ごせて楽しいところです。一年を通して気温の変化も以前にいたシカゴほど大きくなく、冬の寒さもかなりマイルドなので(それでもマイナス15度くらいにはなったりしますが)、随分過ごしやすいです。もちろんマンハッタンに出て行けば、美術館、博物館、シアター、レストラン等、世界トップクラスのものが全て集まっているので、週末に暇ができても退屈する事はないところです。唯一残念なところは、研究者はグラント書き等が忙しくて、街中でゆっくり遊ぶ時間がなかなか取れないところでしょうか。
海外の研究文化

  この短い記事で全てを書く事は中々難しいのですが、海外で研究をして独立するというのは本当にエキサイティングな経験です。私も若手ながらに、自分自身の今までのキャリアを振り返った時に、アメリカでの研究経験なしの人生は考えられません。しかし日本に立ち寄った時に日本人の研究者の方と話すと、多くの方が海外留学にそれほど興味を持っていない事、また例え海外留学をしても日本に帰る事が前提である事がとても残念に思います。もちろん、人によってどの国で過ごすのが快適かは違いますし、ご家族の都合などいろいろな事情はあると思いますが、特にしがらみのない優秀な研究者の方はもっと海外で活躍されると良いのになと思う事があります。住み慣れた国を離れて全く違う文化の中で友達や研究者仲間を増やし、異なったサイエンスの考え方と進め方を経験してみるのは人生観を大きく変えてくれます。また、non-native speakerとして海外で研究をしてみると、下手な誤魔化しは効かず、本当に実験のアイデアと結果のみで勝負することになるので、すごくシビアな局面を経験することもよくありますが、とにかくサイエンスに集中して自分の研究能力を大きく伸ばすチャンスでもあります。
アメリカはいろんな文化で育った人が集まるので、考え方も人によって全然違う事がよくあります。細かいデータを取るよりも、scientific problemに対して最も核心をつく実験を考えるのが得意な人も多い気がします。ただ、そういう人は逆に細かいところは気にしなかったりすることもあり、国民性や文化の違いだなと思います。日本の均質的な文化で育つと最初は少し戸惑うのですが、慣れるといろんな人とディスカッションしてみて、自分に足らないものや弱点に気付いたり、競争が激しい環境でいかにうまく自分の強みを引き出せるのかなどを考える良い機会として大いに勉強になります。
また海外の研究文化としてすごく、おそらく一番大事な事が、ラボ内でもラボ外でもコミュニケーションやディスカッションを十分に行って、サイエンスを皆んなで楽しもうという考えが根底にあることです。私がアメリカに来た当初は、研究室にある実験機器は古いし、みんなずっと喋ってばかりだし、一体どうやってこんなラボからハイレベルの仕事が出て来るんだと思ったものですが、数年経つとその毎日のお喋りが研究にすごく重要な意味を持っている事がわかってきました。今では私も各メンバーと毎日雑談をする事は欠かせません。毎日ボスを含めたチームのメンバーで雑談をする中で研究の話をし、それぞれのメンバーは皆が同意した実験に絞って行うので、チームとしても1メンバーとしても方向性を間違わずに効率よく働く事ができます。また、毎日会話を通して細かな研究の軌道修正を行っているので、後々になって意思疎通の違いから仕事が無駄になるということもなく、行った実験は確実に論文になるという利点もあります。新しいアイデアも毎日の雑談から湧いてきまし、メンバーの誰かが良いデータを出せばすぐにみんなに知らせてみんなで喜びます(だから楽しいのです)。特に、チームがそれほど大きくない時は、毎日の直接のコミュニケーションのおかげで、ラボミーティングを頻繁にするという時間も省くことができ、チームの動きも非常に俊敏だと思います。今はCovid19のせいでリモートワークの割合が増えましたが、オンラインソフトのSlackなどが大活躍しています。またラボ内だけではなく、論文やグラントを書くときは、投稿前に知り合いや同僚に原稿を送って、フィードバックを貰って書き直します。このように海外では、研究能力と同じくらいにコミュニケーション能力とネットワーキングが成功する一つの重要な要素である事は間違いありません。
  最後に、海外で研究をすると見えてくるのが、医療応用に発展するかもしれないmolecular biologyだけではなく、ecologyやevolutionなども含めた基礎研究が社会の発展にとって大事であるという考えがしっかり浸透している事です(ただ、アメリカ人の半分近くは進化を信じていませんが)。勿論、社会にとって大事である医療系の研究に多額のグラントがおりるのはどこの国でも同じですが、アメリカは色々なタイプの基礎研究に幅広くグラントを与えています。特に、基礎研究ではそれぞれの研究者がユニークで優れた研究をする事が求められており、色々な異なった研究の中からグランドブレーキングな方向性が開けるというのが基本的な考え方です。私たちのグループも魚の進化発生の研究を行なっており、日本の生物研究ではあまりメジャーではない分野かもしれませんが、こちらでは魚の進化発生のラボがたくさんあり、どこのグループも非常にユニークで面白い研究を行なっています。Molecular biologyを高いレベルで行なってきた日本人の研究者の方からすると、私達の魚の進化発生の研究が何の役に立つのかと言われるかもしれませんが、私自身は自分が一番大好きな事を仕事にでき本当にエキサイティングな毎日を送っています。心から毎日の研究生活を楽しんで続けていくには、人から与えられたものではなく、自分オリジナルの大きな夢を持って興奮している事が一番大事だと思います。サイエンティストの生活はプレッシャーや不安もたくさんありますし、生物系の研究者はラボにいる時間もかなり長いのですが、これは全て研究生活が楽しい事が大前提です。海外で研究で成功している人は、徹底的に勉強した上で自分自身の研究の長期的なビジョンをしっかり持ち、サイエンスと自分の人生を上手に両立させているなと感じます。私達のラボも、いつか後から振り返った時に、進化発生生物学における大きな謎にアプローチしたのだと誇れるように今後も成長していきたいと思っています。長々と書きましたが、この記事を読んで一人でも多くの発生生物学会の若い会員の方が海外でのキャリアに興味を持ってもらえるととても嬉しく思います。
写真:ラボメンバーでのディナー風景。新しいメンバーが入ったり、論文が出た時には必ずみんなで出かけていました。Covid19が早く収束して、またみんなでディナーに行けるのをすごく楽しみにしています。