2017.07.21
岡田節人基金 海外派遣報告書 東島沙弥佳(大阪市立大学)
大阪市立大学大学院 医学研究科
器官構築形態学(第2解剖)
助教 東島 沙弥佳
器官構築形態学(第2解剖)
助教 東島 沙弥佳
成果の概要
今回私は岡田節人基金より若手研究者海外派遣助成を頂き、第18回国際発生生物学会 大会 (The 18th International Congress of Developmental Biology) に参加すべくシンガポールへ赴きました。私は "Tail reduction process during human embryonic development" と題し、ヒト胚発生過程では一度形成された尾部が体節数の急激かつ著しい減少を伴って退縮することについて、ポスターで報告しました。関空から6時間ほどで到着した開催地、シンガポール。飛行機から降りるなり全身を包む熱帯らしい蒸した空気に、東南アジアを色濃く感じます。2017年6月18日から6月22日の5日間、600人を越す参加者がシンガポール国立大学に集いました。この蒸し暑い国で、わんさと集まった発生の研究者とアツい議論でも交わせるだろうかと、早朝のシンガポール、寝不足の頭で考えながら私の学会は始まりました。今回の学会に参加し得られた重要な成果は、自身の研究がもつ意義の再認識と、論文化に向けてのモチベーションを再獲得できたことです。
...と、このように真面目に、型通りな報告文を書くことは容易い。参加した学会を誉め称えるのも容易い。だがしかし、それではおもしろくないし正直でない部分もある。せっかく貴重な助成を頂いて参加をした訳だから、ここでは思ったところや感じたところをできるだけ正直に報告しようと思う。その方が、後進に役立つ情報となることだろう。
第18回国際発生生物学会大会について
本大会は4年に1度開催される国際大会で、演題を申し込んだ頃は、同頻度で開催されるオリンピックよろしく、さぞ盛大でおもしろい学会なのだろうと妄想を膨らませていた。でも会期が近付いてくると段々、気になる点が目立つようになってきた。たとえば、プログラムを見てみると、口頭発表がやたら少ない。会期が5日間もあるというのに、口頭発表は全部で80題ほどである。ほとんど欧米からの招待演者なのではないかという考えがふと頭をよぎる。口頭発表がこれほど少ないということは、その分ポスターが滅茶苦茶多いのではないか。...まさか有名どころからのご指導トークと、有象無象のポスター発表という構図なのか、と、考えているうちに日が過ぎた。会期がさらに迫る。プログラムによると昼飯時(12時-14時)と夕飯時 (19時-21時) がポスターセッションにあてられているようだが偶数奇数のコアタイムについては不明。さらに、かなりタイトなポスター貼り替え時間が記されている。一体どうなることやら、よくわからないまま学会当日を迎えた。
結果的に、私の事前予想はある程度的中していた。口頭発表の大半は欧米からの招待演者で占められており、有名な先生のご講演を拝聴するという印象が強かった。だがこれは開催頻度による問題で、もしかしたら本学会自体、4年に1度のお祭り感覚なのかもしれない。しかし個人的には、もう少し若手の口頭発表数を確保するべく、口頭発表用の会場をあと2つは増やしても良かったのではないかと感じている。無論この手の議論には賛否両論あり、予算の問題もあるのは理解しているが、私個人としてはそう思った。特別残念に思ったのは、ポスター発表についてである。オンラインでのアブストチェックに手間取る(学会関連誌に掲載されていたようだが、自身の大学では購読しておらず、結局チェックできなかった)のみならず、実際のポスター会場には屏風のごとく設置されたポスターボード。90度くらいの角度を隔てて隣り合う、私と次番のポスター。発表時間には奇数偶数の別は無い。...なんだか嫌な予感は的中し、隣人の盛況度合いによっては割を食う人がでる、あるいは人気者同士で潰し合う(どっちのポスターも見にくい)という構図が其処此処で見られた。
ここまでネガティブな印象ばかり書き連ねたが、ポジティブな印象を持った点も勿論ある。興味深かったのは、日本発生生物学会と国際発生生物学会のトレンドの違いである。本大会には、ヒトの先天異常や疾病を念頭に置いた研究成果発表が一定数見られた。こうした傾向には勿論、大きなグラントを獲得するための目論みも見え隠れするのであるが、
グラントの件はさておき、医学や栄養学、農学など理学以外の諸分野との連携それ自体は日本発生生物学会にも今後取り入れられればよいなと感じた。動物学や進化学、分子や再生など理学諸分野との連携は勿論密であるに限る。だがそれだけでなく、もっと広い視野を持ち、人と交流し連携し議論し、自身の研究や学会の今後の発展性を考えていくことの重要性を改めて感じた。
自身の発表内容、発表の様子と得られた成果
私はこれまで、「ヒトはどのようにしてしっぽを失くしたのか」の解明に向け、ヒトを含む短尾有羊膜類における尾部形態形成過程について研究を進めてきた。ヒトのしっぽは出生時には完全に消失しているが、胚発生過程では他の有尾有羊膜類と同様に尾部が形成される。成体における形態変異はすべからく、発生過程の変異から創出されるため、ヒト胚発生過程における尾部退縮過程と機構の解明は、ヒト上科の進化過程における尾部短縮を復元する上で欠かせない知見である。実際のヒト胚子標本において、尾部体節数の推移を調べたところ、尾部体節数はカーネギー発生段階16で最多に達し、その後約5個分減少することが明らかとなった。その後尾部体節数には大きな増減が見られないことから、この尾部体節数の急激な減少が、ヒト胚子期に生じる尾部短縮と大きく関連していることが明白となったので、これを発表した。
私の発表は会期中最初のポスターセッションにあたっていた。持ち時間は2時間だ。そのうち半分は自分の発表をし、残り半分で他のポスターを見て回ろう、と最初は考えていた。ところが始まってみると、大量の人間がポスタースペースに流入してきて、一気に辺り一面大混雑状態に陥った。私のポスターにも、大量の人々がやってきた。長篠の鉄砲三段撃ちのごとく、数人への対応を終えるとその後ろにまた別の数人が控えていて、とにかく人が途切れない。このような事態は初めてであった。結局2時間丸ごと自分の発表に用い、大体50人の人々と交流した。数は多いものの来訪者の興味がある点、指摘点というのはおおよそ似通っており、本研究で使用したヒト胚標本について、ならびに今回報告した尾部体節数の急激な減少に寄与し得る細胞挙動や分子メカニズムについての議論が中心だった。しかし中には、本成果が論文化されているか否か、どこに投稿するのか、論文化までどの程度時間がかかりそうなのか、といったような研究の進行状況に探りを入れる来訪者も一定数おり、自身の研究の意義の大きさを実感できたと共に、可能な限り迅速に論文化へ向け動かねばならないという焦燥感を改めて痛感できた。数多くの来訪者からの指摘も、論文を書くにあたり注意すべき点を如実に洗い出してくれた。
今回、自身の成果発表では論文化へ向けた具体的なステップや対策が見えてきた。また、今後自身が関わって行くであろう学会運営の方法についても考える機会を多く得た。総合すると、本学会にはプラスマイナス両方の思いを抱いているが、私にとっては非常に興味深く、楽しく、実り多い出張をさせて頂けたと思っている。
謝辞
このような貴重な機会を得ることができたのも、岡田節人基金からの支援があったからこそと思います。末文ながら深謝申し上げます。
今回私は岡田節人基金より若手研究者海外派遣助成を頂き、第18回国際発生生物学会 大会 (The 18th International Congress of Developmental Biology) に参加すべくシンガポールへ赴きました。私は "Tail reduction process during human embryonic development" と題し、ヒト胚発生過程では一度形成された尾部が体節数の急激かつ著しい減少を伴って退縮することについて、ポスターで報告しました。関空から6時間ほどで到着した開催地、シンガポール。飛行機から降りるなり全身を包む熱帯らしい蒸した空気に、東南アジアを色濃く感じます。2017年6月18日から6月22日の5日間、600人を越す参加者がシンガポール国立大学に集いました。この蒸し暑い国で、わんさと集まった発生の研究者とアツい議論でも交わせるだろうかと、早朝のシンガポール、寝不足の頭で考えながら私の学会は始まりました。今回の学会に参加し得られた重要な成果は、自身の研究がもつ意義の再認識と、論文化に向けてのモチベーションを再獲得できたことです。
...と、このように真面目に、型通りな報告文を書くことは容易い。参加した学会を誉め称えるのも容易い。だがしかし、それではおもしろくないし正直でない部分もある。せっかく貴重な助成を頂いて参加をした訳だから、ここでは思ったところや感じたところをできるだけ正直に報告しようと思う。その方が、後進に役立つ情報となることだろう。
第18回国際発生生物学会大会について
本大会は4年に1度開催される国際大会で、演題を申し込んだ頃は、同頻度で開催されるオリンピックよろしく、さぞ盛大でおもしろい学会なのだろうと妄想を膨らませていた。でも会期が近付いてくると段々、気になる点が目立つようになってきた。たとえば、プログラムを見てみると、口頭発表がやたら少ない。会期が5日間もあるというのに、口頭発表は全部で80題ほどである。ほとんど欧米からの招待演者なのではないかという考えがふと頭をよぎる。口頭発表がこれほど少ないということは、その分ポスターが滅茶苦茶多いのではないか。...まさか有名どころからのご指導トークと、有象無象のポスター発表という構図なのか、と、考えているうちに日が過ぎた。会期がさらに迫る。プログラムによると昼飯時(12時-14時)と夕飯時 (19時-21時) がポスターセッションにあてられているようだが偶数奇数のコアタイムについては不明。さらに、かなりタイトなポスター貼り替え時間が記されている。一体どうなることやら、よくわからないまま学会当日を迎えた。
結果的に、私の事前予想はある程度的中していた。口頭発表の大半は欧米からの招待演者で占められており、有名な先生のご講演を拝聴するという印象が強かった。だがこれは開催頻度による問題で、もしかしたら本学会自体、4年に1度のお祭り感覚なのかもしれない。しかし個人的には、もう少し若手の口頭発表数を確保するべく、口頭発表用の会場をあと2つは増やしても良かったのではないかと感じている。無論この手の議論には賛否両論あり、予算の問題もあるのは理解しているが、私個人としてはそう思った。特別残念に思ったのは、ポスター発表についてである。オンラインでのアブストチェックに手間取る(学会関連誌に掲載されていたようだが、自身の大学では購読しておらず、結局チェックできなかった)のみならず、実際のポスター会場には屏風のごとく設置されたポスターボード。90度くらいの角度を隔てて隣り合う、私と次番のポスター。発表時間には奇数偶数の別は無い。...なんだか嫌な予感は的中し、隣人の盛況度合いによっては割を食う人がでる、あるいは人気者同士で潰し合う(どっちのポスターも見にくい)という構図が其処此処で見られた。
ここまでネガティブな印象ばかり書き連ねたが、ポジティブな印象を持った点も勿論ある。興味深かったのは、日本発生生物学会と国際発生生物学会のトレンドの違いである。本大会には、ヒトの先天異常や疾病を念頭に置いた研究成果発表が一定数見られた。こうした傾向には勿論、大きなグラントを獲得するための目論みも見え隠れするのであるが、
グラントの件はさておき、医学や栄養学、農学など理学以外の諸分野との連携それ自体は日本発生生物学会にも今後取り入れられればよいなと感じた。動物学や進化学、分子や再生など理学諸分野との連携は勿論密であるに限る。だがそれだけでなく、もっと広い視野を持ち、人と交流し連携し議論し、自身の研究や学会の今後の発展性を考えていくことの重要性を改めて感じた。
自身の発表内容、発表の様子と得られた成果
私はこれまで、「ヒトはどのようにしてしっぽを失くしたのか」の解明に向け、ヒトを含む短尾有羊膜類における尾部形態形成過程について研究を進めてきた。ヒトのしっぽは出生時には完全に消失しているが、胚発生過程では他の有尾有羊膜類と同様に尾部が形成される。成体における形態変異はすべからく、発生過程の変異から創出されるため、ヒト胚発生過程における尾部退縮過程と機構の解明は、ヒト上科の進化過程における尾部短縮を復元する上で欠かせない知見である。実際のヒト胚子標本において、尾部体節数の推移を調べたところ、尾部体節数はカーネギー発生段階16で最多に達し、その後約5個分減少することが明らかとなった。その後尾部体節数には大きな増減が見られないことから、この尾部体節数の急激な減少が、ヒト胚子期に生じる尾部短縮と大きく関連していることが明白となったので、これを発表した。
私の発表は会期中最初のポスターセッションにあたっていた。持ち時間は2時間だ。そのうち半分は自分の発表をし、残り半分で他のポスターを見て回ろう、と最初は考えていた。ところが始まってみると、大量の人間がポスタースペースに流入してきて、一気に辺り一面大混雑状態に陥った。私のポスターにも、大量の人々がやってきた。長篠の鉄砲三段撃ちのごとく、数人への対応を終えるとその後ろにまた別の数人が控えていて、とにかく人が途切れない。このような事態は初めてであった。結局2時間丸ごと自分の発表に用い、大体50人の人々と交流した。数は多いものの来訪者の興味がある点、指摘点というのはおおよそ似通っており、本研究で使用したヒト胚標本について、ならびに今回報告した尾部体節数の急激な減少に寄与し得る細胞挙動や分子メカニズムについての議論が中心だった。しかし中には、本成果が論文化されているか否か、どこに投稿するのか、論文化までどの程度時間がかかりそうなのか、といったような研究の進行状況に探りを入れる来訪者も一定数おり、自身の研究の意義の大きさを実感できたと共に、可能な限り迅速に論文化へ向け動かねばならないという焦燥感を改めて痛感できた。数多くの来訪者からの指摘も、論文を書くにあたり注意すべき点を如実に洗い出してくれた。
今回、自身の成果発表では論文化へ向けた具体的なステップや対策が見えてきた。また、今後自身が関わって行くであろう学会運営の方法についても考える機会を多く得た。総合すると、本学会にはプラスマイナス両方の思いを抱いているが、私にとっては非常に興味深く、楽しく、実り多い出張をさせて頂けたと思っている。
謝辞
このような貴重な機会を得ることができたのも、岡田節人基金からの支援があったからこそと思います。末文ながら深謝申し上げます。