2020.10.17

海外便り№6 原田英斉さん(University Health Network )

原田英斉
University Health Network
私は、カナダのトロントにあるUniversity Health Network (UHN), Krembil Research Institute でResearch Associateとして勤務しております原田英斉と申します。

私は、東北大学大学院生命科学研究科で学位を取得しました。当時から神経系の研究をしたいと思い、in ovo エレクトロポレーションを開発者であり、脳の領域形成の研究を行っていた仲村春和先生の研究室で最初の研究を始めました。ニワトリ胚に対するin ovo electroporationは細やかな実験操作が必要なのですが、苦労して初めて自分で導入したGFPが生きている胚のなかで緑色に輝いているのを見たときの感動は、今になっても鮮明に思い出すことができます。今でも、顕微鏡を覗いていて、それが新しい発見につながりそうなとき、似たような興奮を覚えます。
海外留学のきっかけは、2010年に私の母校である東北大学の海外派遣プロジェクトに参加して、イギリスのUniversity of Dundeeにポスドクとして留学をしました。この留学の期限は3年間で一報論文を出すことができたのですが、私としては、まだ消化不良のような気がして、さらにもう一回違う海外ラボでポスドクとして働こうと考えました。そのままイギリスに滞在するのが一番手っ取り早かったのですが、もう少し海外での経験値を得たいと考えて、北米を中心にラボを探しました。幸い、トロントのDr. Philippe Monnierに採用され、現在に至ります。
私は、カナダに来てから細胞外キナーゼの研究を続けております。ラボに所属した当時、500種類以上のキナーゼが発見されていたものの細胞外で働くものはまだ同定されていませんでした。GPIアンカー型の細胞膜外分子Repulsive Guidance Molecule b (RGMb)は、構造上は細胞外の膜上に局在する予測できますが、実際には細胞内に局在しています。ところが、271番目のチロシン残基に点変異を導入すると局在が細胞内から細胞膜上に変化することがわかりました。ひょっとすると、細胞外チロシンキナーゼ が本来細胞膜上にあるRGMbをリン酸化することで、エンドサイトーシスを引き起こし局在を変化させるのではないかと考えました。キナーゼを探索する予定だったのですが、2014年にCell誌に細胞外キナーゼVLKの発見の報告 (M R. Bordoli, et. al., Cell, 2014, doi: 10.1016/j.cell.2014.06.048.)がされてしまいました。当時とても悔しい思いをしたのですが、その報告では、まだin vivoでのVLKの標的や、機能はまだ明らかにはなっていなかったので、ここを明らかにすることで新規性を出せるのではないかと思い解析したところ、RGMbは、実際に発生中の生体内でVLKのターゲットであることを突き止めました。その後時間はかかりましたが、RGMbがリン酸化されると、Wnt受容体のLRP5のエンドサイトーシスを引き起こすことで、網膜神経節細胞におけるWnt3aシグナルを制御することを明らかにました。さらに、in vivoでは、網膜神経節細胞が神経軸索を正しく中脳の標的にガイドするのに、これらWntシグナルの制御システムが正しく働くことが重要であることを明らかにしました (Harada et. al., Nature Chemical Biology, 2019, doi: 10.1038/s41589-019-0345-z.)。
この過程で、勉強になったことの一つは、実験を進める際のコラボレーションなどに動き出す速度だと思います。例えば、私のボスであるPhilippe Monnierは、Wntシグナルに関連しそうなデータが出たとき、まだ例数が1であるにもかかわらず、すでにWntシグナルの専門家にコンタクトを取り、データを見せてディスカッションしていました。自分としては、もう少し確証を得てからの方がいいのではと思っていたのですが、それよりも少しでも早く、より詳しい研究者の意見を聞いて次の方針を考えるといったことを優先することを何度も経験しました。もちろん全ての、プレリミナリーなデータが最終的に確認できない場合もあったのですが、とにかく議論を進めることが重要なようで、間違い自体はあまり気にしていないように感じました
執筆時の2020年8月現在では世界中は深刻なコロナ禍にあります。この度、このタイミングで'海外だより'を執筆させて頂く機会を頂きましたので、私の経験したコロナその中での海外研究生活がどのようなものであるかも、ご紹介したいと思います。
現時点で私の住んでいるオンタリオ州は、人口1500万人程度の規模の州ですが、毎日100名程度(検査数2万5千程度)の新規罹患者が出ている状況で、ピークは4月中旬から下旬にかけて毎日600名程度でしたので、まだまだ油断はできませんが今の所少し落ち着いて来ているように感じます。現在、屋内でのスポーツ観戦やコンサートなど以外の飲食店を含め全ての店が再開しています。大学や小中学校や高校は、小規模のクラスとオンラインの併用での再開が決定しています。
私が勤務しているKrembil Research Instituteは、左側奥の灰色のビルディングです。手前はToronto Western Hospitalです。Toronto でUniversity Health Networkを構成する病院の一つです。
私の所属しているUHNのKrembil Research Instituteは、Toronto Western Hospitalに付属している研究施設なのですが、3月中旬にResearch Staffは病院の建物への進入禁止、3月下旬の時点で研究施設の閉鎖という措置になりました。それ以降は、マウスなどの実験動物の系統の維持や、Covid-19関連の研究などこの状況下でも"必須の仕事"は許可されていたのですが、それ以外は在宅でのリモートワークという形での勤務になりました。普段の私の仕事は実験が勤務時間の大部分を占めているのですが、この時間を利用して総説の作成や新プロジェクトの下調べをするといった作業をしておりました。また、ラボメンバーで週に一回オンラインミーティングで、論文紹介や実験データの紹介などをやっていました。
その間、研究所のPIは、それぞれのこれまでの研究内容にかかわらず、Covid-19関連とこれまでの自分の研究をなんとか結びつけてこの状況下であっても研究活動を続けようと模索しているようでした。結局は、緊急に計上されたCovid関連予算を獲得できた研究室は、もともと病原性のウイルスを扱っていた研究室のみが許可されたようでした。しかしながら、どのような状況であっても研究を続けていこうとする執念は、学ばなければいけないものであると感じました。
7月初旬から研究所への立ち入りおよび実験が許可されました。研究所内感染を防ぐためにいくつかのルールが設けられました。研究所の入り口には、臨時の受付が設けてあり、オンラインで通勤前に記入した健康状態に関するスクリーニングの結果を携帯電話で提示し、新しいマスクを受け取ります。マスクは、研究所内でも着用が義務付けられています。また、研究所内では、できるだけソーシャルディスタンスを取らなければいけません。そのため、勤務時間は、2シフト制を採っていて、半分は午前7時から午後1時、もう半分は午後2時から午後8時までの勤務でオーバーラップの無いように前半と後半の間に1時間のインターバルが設けてあります。月曜日から土曜日までの週6日間の勤務で、自分の許可されている時間以外は研究所に入ることはできません。この状況で働く期限は特に設けられておらず、いつもとの状況に戻るかは今の所見通しがついておりせん。現在は、短い時間をいかに有効活用して実験を進めるかということに視点を移して研究をしています。
研究室の風景です。オープンコンセプトラボなので、近隣の研究室とインタラクションを持ちながら研究を進めることができます。我々のラボは一番奥のスペースにあります。
このように、研究所内では厳しいルールがあるため、感染の危険性を感じることはありません。街中ではこれまでは冬場でもマスクを着用している人は全く見られませんでしたが、いまではスーパーなど屋内でのマスク着用がオンタリオ州では義務になったこともあり、マスクをつけている人が多く見られるようになました。お互いに感染を増やさないような気遣いが見られるので、今の所人が集まる場所に行かなければおおむね安全であるように思います。
海外だよりの読者の方の中には、これから留学をしようと思っている方もたくさんいらっしゃると思います。これらのことが、全ての海外研究施設や国に当てはまるわけではありませんし、就労ビザの取得がなかなか難しい状況にあるとは思いますが、私の置かれている現状をお伝えすることで少しでも参考にしていだだけますと幸いです。
ラボメンバーとクリスマスパーティーにて
私が所属する研究室からの景色です。右手にCNタワーが見えます。
トロントの風景。ストリートカーがダウンタウンに張り巡らされているので、市街地の移動にとても便利です。
2020.10.06

JSDB Online trial Meeting アンケート結果

2020/10/05現在 回答数:94
1=満足 ~5=不満
<コメント>

1. 司会者が質問を読み上げる際に、「a question from XXX先生」とか「a question from Dr. XXXX」とか言うのはやめたらどうですか。「a question from XXX XXX」と呼び捨てで十分でしょう。ポスターセッションでは事前のテストでできたこと(パワポの共有)が、本番でスムーズにできなかったのには凹みました。
2. リハーサルの機会を作って頂けて、とても助かりました。
3. Zoomは非常に便利でした
4. 参加者の方とじっくりお話できないのは残念でしたが、現状況でできることとしては非常にいい会議だったと思います。参加者の所属や身分がモニター上で見えると今後のつながりが出来やすいかもしれません。また、講演後に演者全員と会場全員が話せる(チャットできるような)時間を設けてもいいかもしれないと思いました(別セッションにすると入り直しになるので一旦閉めて引き続き同じセッションで話せるといいです)。開催して頂きありがとうございます。
5. Remoに入るといきなり席に着席した状態(選んでいないポスターの)になるので、申し訳ないし気まずくなる。
6. 初めてRemoを使いましたが、実際のポスター会場に似た雰囲気を味わえて、知り合いとばったり話しができたりして、よかったです。
7. オンライン大会はまだ規格化されていないため、学会毎の特色が出ていて面白い。
8. 仕事の合間に参加したので、discussion(Remo)には参加しませんでした。途中で退席しないといけない仕事が入っている時は、少しRemoに入るハードルがあるように勝手に感じています。
9. オーガナイズありがとうございました。発表に関しては、オンサイトの学会に似た感じで有意義でした。ただ、仕方ないとは思うのですが、ポスター会場での偶然の出会い得にくいのは少し残念です。ポスターは1ページに収まっている方が見やすいと思いました。
10.ポスターは人が少なかった(発表者も視聴者も)。オンライン懇親会もあったほうがよかった。
11.Remoでのポスターセッションですが、ポスターとのリンクが分かりにくいように感じました。
12.楽しんで聞くことができました。
13.オンライン開催で準備大変ご苦労様でした。おかげさまで学会の雰囲気楽しめました。ポスターセッションで人がすくなかったのが残念です。Short talkは話す時間が少し短すぎたかもしれません。
14.自分のパソコンのモニターで見た方が、会場のスクリーンよりも実験データが見やすいという利点がありました。初めての本企画実現に奔走されたオーガナイザーのみなさま、ありがとうございました。
15.とても良くオーガナイズされていました。担当された先生方に感謝致します!これだけ上手くいくと、もうオンラインで良いのではないか?と思ってしまいがちですが、逆に対面が恋しくなったりもします。何はともあれ、お疲れ様でした!
16.シンポよかったです 
17.Short Talk/Poster はよく見ていません。
18.はじめての試みに対するスタッフの方のご尽力に深く感謝いたします。
19.だいぶWeb学会がポピュラーになりそうですね。
20.Q&Aに書き込まれたものが、1つ前の演者なのか、今の演者なのかがこんがらがってしまったケースもあったようです。あと、Q&Aに質問がでてるのに、座長さんが気づかないままというケースもあり、ちょっと残念でした。でも素晴らしい企画をありがとうございました。
21.私も含め、リモートに不慣れでうまく操作できないことがあったのは仕方ないのかと思います。その中で大きな問題もなくいつもの学会とは違った雰囲気で面白かったです。ただやっぱりポスター発表は少ない印象でしたので、もうもう少し多いといいですね。
22.どうやら画面共有でトラブルがあったようです。
23.準備が大変だったと思いますが、もう少し発表演題が多くても良かったと思います。特にシンポジウム。オンラインはある意味どこからでも参加できるので(忙しい先生でも発表してもらえるかも)、発表を聞くと言うことに関しては良かったです。ただ、やはり質問等は対面の方が良いと思いました。
24.ポスターセッションには参加できなかったので、回答は無効です(ポスターがゆっくり見られるようになっていたのは満足ですので1が入れてあります)。おそらくローカルな問題なのですが、時々回線の不調のせいでトークが途切れることが多かったです。
25.お疲れ様でした。これからこのような形が一つのスタンダードになっていくのだと思います。慣れていきたいものです。slideを見ていたり、disussionしているときは距離が離れている違和感は全くありませんでした。終わってふと我に帰る感じが不思議です。
26.オンラインはもうお腹いっぱいです。やっぱり学会はウロウロするのが良い。
27.Oral:質疑応答がQ and A形式でよかった面もありますが、せっかくなのでdirectに会話できてもよかったかなと思います。(そうすると通信に負荷がかかりすぎる?)時間がタイトで議論が十分消化できてなかったところもあったように思います。特にシンポジウム。poster:こじんまりしてよかったが、一度に複数人を相手にでき話せないという印象。テーブルに入った人は皆プレゼンターの画面共有できたのでしょうか?説明は画面共有してもらった方が分かりやすいと思います。お疲れ様でした。
28.シンポジウムの後に、Spatial Chatなどを利用した懇親会があると、オンラインミーティングがより盛り上がったと思います。
29.オンライン開催となったため参加することができました。ありがとうございました。
30.気軽に参加できて良かったです。重要なことではありませんが、閲覧者数がリアルタイムで聴衆にもわかると、もっと臨場感が出るのではないかと思いました。
31.スライドはよく見え、満員で立ち見になることや雑音等がないので演者の発表は聞きやすかったです。トークを聞きながら質問を入力できる点も良いなと思いました。一方で、こちらが電話等の対応のためほとんど聞けなかったトークもあり、会場で集中して学会に参加することの大切さもあらためて認識しました。
32.ご準備ありがとうございました。通常の学会と大きなギャップなく、楽しめました。
気づいた点・ Zoomはウェビナーよりも通常のミーティング形式で、カメラオンで参加した方がアクティブに参加しているように感じられると思う。可能であれば質問はチャットに書き込んでもらい、座長が指名して質問者本人が話すという形がbetterかも。・ Remoは自由に動け、少人数で議論できるので、ポスターディスカッションには向いていると思う。元々の知り合い以外には話しかけにくい。
33.思っていたよりもインタラクティブで楽しめました。ただ、現場にいないと集中力が、長続きせず、印象に残ったトークが少なくなってしまった。
34.オンラインもとても良いですが、対面の方がやっぱりいいです。
35.すみません、さっき間違えて全部5で出したのでやり直しです
36. 1.Talk にせよ、ポスターにせよ、リハーサルに参加しなければトラブルに見舞われること必至で、参加者全員にしわ寄せがおよぶとわかりました。リハーサルをしていても、本番での Remo ではパワポが思ったように動かないのですから。世話人の皆さま、本当にご苦労様でした。2. 会場よりもデータが良く見えるのは期待通りでしたね。発表者ツールで話きった一部の方は別として。3. Short talk で質問を投げるのは、大学院生にとっては日本語でも難しかったのかもしれません。7分のトークを聞いて質問を発することを、普段からトレーニングしないとね。
37.初めての試みお疲れ様でした。Talkを聞く分には問題なかったのですが、参加者の顔が見えない、雑談できないというのがやはりいまいちで、Webinar形式よりも会議形式が良いと思いました。休憩時間にブレイクアウトルームを用意しておくとそこでスピーカーに質問したり、知り合いを見つけて雑談もできます。
38.事前のサポートが手厚く安心して参加できました。
39.ポスターセッションが盛り上がらないと感じました。
40.Thank you very much for arranging the online trial meeting I think it worked well
41.First, thank you very much for organizers and Momozu san to make effort to organize this Zoom meeting. I really enjoyed all the presentations, whose quality is high enough to inspire us.
42.今回、こちらの都合でポスターは拝見していません(3にしておりますが)。トライアルとのことですが、ベテラン、若手、バランスの取れた演者が講演され、ほとんどどれも興味深く拝聴しました。RemoとZoomの使い分けについて案内ですぐにわかるようにされますとよりよかったかと思いました。Securityを考えてのことだろうと思いますが、 web programのhttpからzoomに入る、という箇所が最初わかりにくかった、少し面倒に感じました。総じて素晴らしいオンライン会議でした、関係各位のご尽力に心より感謝いたします。
43.ポスターがわかりにくかったです。こちらがきちんと情報をフォローしなかったのかもしれませんが。
44.オーガナイザーの先生方本当にありがとうございました。でも、やっぱり対面が盛り上がるのは間違いないなと思いました。オンラインだとどうしてもオンデマンドになってしまってデマンド以外の情報が入りにくいなと感じました。学会の良さの一つは出会いの偶然性ということもあるので、早くコロナがおわってほしいなと願う日々です。重ねて今回のトライアルMeetingの組織委員の皆様に厚く御礼を申し上げます
45.気楽に参加できるのは、よいのですが、質問はやはり、口頭でできればと思った。特に今回は、英語で書くのも時間かかる。日本語では書きにくい雰囲気だった。まあ慣れれば、トークの間に書くのも可能だったかと、今は思う。ポスターはやはり慣れるのに時間がかかった。今回は、参加者が少なく、かつ一つのポスターにかなり時間がかかるので、誰も来ない状態で、まつのはつらいだろうと思った。トライアルとしての意味はあったと思う。
46.オンライン開催でも身近に感じられるとても良い大会だったと思います。大会委員のみなさま、大変お疲れ様でした。ありがとうございました。参加する身としては、移動の時間が不要なので、ギリギリまで研究や仕事に専念できるのがとても良かったです。一方で、学内の業務と掛け持ちでやっているので、オンサイトと違って完全に缶詰になれないところが良くも有り悪くも有り、という印象でした。海外からも気軽に参加できるところも魅力的です。移動に負担が無ければオンサイトで、でもオンラインも有りのハイブリッド形式というのも良いですね。開催に際しては大変なご苦労だったと思います。ご尽力感謝申し上げます。
47.準備、お疲れ様でした。初めての試みでご苦労も多かったことと思います。参加方法を理解するのに時間がかかりました。ログインすれば後は分かりやすかったが、
48.ポスターは、質問をしたくても、演者が規定の時間にいないことが多くて、質問できなかったです。また、2日共に偶数奇数で発表時間を分けていたため、同じ発表時間に割り振られたものに関しては質問に行きづらいので、せっかく発表日を2日間に設定するなら、重ならないように別の振り分け方にしてくれればよかったのではないかと思いました。
49.RemoでPDFやアブストラクトの閲覧が同時に出来ないのは面倒だったが、ディスカッションツールとしてRemoを利用したのは面白かったと思う。Remoの初期設定だと思うが、ログイン後やフロアチェンジ後に強制的に特定のポスターブースに飛ばされるのは、プレゼンターに失礼で申し訳なかった。フリーディスカッションのブースに飛ばすようにしてほしかったし、待機室が欲しかった。やはり対面開催を期待したい。
50.凄く楽しめました。
51.オーガナイザーの方々、企画から運営まで大変にお疲れさまでした。このような状況の中でも情報交換や研究アップデートを行う機会があるのは素晴らしいです。思っていた以上にオンラインでの発表もスムーズでした。一方、オンライン学会ということで、どうしても学内用務を行いながらの参加になってしまい、フル参加とはいきませんでした。申し訳ありません。フィジカルに、その場にいること(学会開催地に行くこと)の大事さも考える機会となりました。
52.座長を務めさせて頂きました。Q&Aではtalkが終わるのを待って質問を書き込まれることが多かったため、場を持たせるために座長がまずquestionをするケースが多かったです。talkの終了を待たずに随時質問を書き込んでもらうようアナウンスしておけば良かったと思います。remoのposter settionはどこがどれくらいの混み具合なのか一目でわかるのでとても良かったと思います。
53.予想以上に上手く行きました。オーガナイザーの方々に感謝します。ポスター発表のRemoはやり方の理解が足りず、戸惑う場面がありました。双方(発表者と訪問者)の理解と慣れがさらに必要と思いました。
54.Despite English being the official language of annual JSDB meetings, question and answer sessions were at least partially done in Japanese. I would encourage the use of English as the official language of "virtual meetings" as well. This will be beneficial for all (but especially the younger) participants.
55.シンポジウム、ショートトークとも発表者、司会者とも、概ね素晴らしいパフォーマンスだったと思います。初めてのリモート大会としては成功だったのではないか。大会運営関係者の皆様に敬意と謝意を表します。
56.oral sessionで聴衆が確認できた方がいいように思いました。質問も視聴者が直接できた方がいいかなあと思います。
57.対面と全く同じではないものの,Remoを使った議論は臨場感を感じることができて満足感が得られました.ネットワークトラブルが起こらなければこのような形式での学会開催はアリだと思います.開催にご尽力いただいた方々に感謝いたします.
58.COVID-19への対応として今回オンライン形式での開催を強いられたことと思いますが、海外からの参加勢としてはこの上なく気軽に参加でき、貴重な講演を聴け、分野のトップの方々と交流できたので、個人的にはメリットが多くありました。オーガナイザーの方々のご尽力には感謝しか御座いません。ありがとうございました。
59.大会オーガナイザーの先生方大変お疲れ様でした。Remo システムでfloorを変えると必ずある特定の方のポスター前に飛ぶのをやめてほしかった。発表者の方にも失礼だし、大変気まずいです。せめてfree discussionスペースに飛ばせてほしい。また、各ポスターにカーソルを合わせたときにタイトルが見えるようにしてほしいです。ノック音も気が散ります。
60.posterの人数制限と、とりあえず適当に割り振られるのは改善してほしい
61.ポスターディスカッションは参加しづらかったです。
62.どなたに話を聞いていただけたのかは判らなかったのですが、たくさんの方々に聞いていただけたようなのでよかったです。zoomのため緊張をあまりしなかったのは私にはプラスだったかもしれません。ポスターでは実際のポスター発表のように来ていただいた方と深くディスカッションができて楽しかったです。誰かが自分のルームに来たときにすぐに気づいて話を開始できたのはオンラインの良さだったと思います。企画ありがとうございました。
63.なにより、こうした機会が設けられたことは本当によかったと思います。ショートトークの発表時間はちょっと短かったです。REMOは、だれが今会場にいるのか、どこにいるのかがわかりづらかったので、人を捕まえづらかったです。あと、会期中は、セッション前やセッション後もずっと開けといてもよかったように思います。
64.Short talkは時間が短すぎて質問がしにくかったので、オンラインの場合はゆったり時間を取った方がいい(発表は短くても、質疑の時間は少し長めにとるか、むしろ質疑なしでサクサク進んだ方がいい)。Symposiumの座長を務めたが、事務局の準備が的確で、進行しやすかった。RemoはFree Discussionには有効だと思うが、ポスターセッションとしては少し使いにくかった。動物学会や進化学会で使っていたLincBizの方が、ポスターの画像を見ながらチャットで質問でき、必要に応じてビデオも使えるのでポスター発表向きのような気がする。
65.オーガナイザーの皆様大変お疲れ様でした。大変有意義な時間を過ごすことができました。Remoで様々な方と話を気軽にできたのは本当に良かったです。どのように改善すればいいのかわかりませんが、short talkで質問を書く時間がなくて、もちろんポスターに行けばいいのですが。
66.口頭発表は今後すべて録音入りのパワポでいいのではと思いました。
67.I think that 7 min short talk was so quick, even though we have a poster session afterward. Therefore, I would recommend having 10 min short talk and 3 min discussion in the future.
68.zoom webinarの使用は初めてでしたが、質疑応答などもスムーズでとても発表しやすかったですし、視聴者としても聞きやすかったです。
69.オンラインでの開催でしたが、対面での開催に近い雰囲気を感じられました。
70.初めての英語での発表等、初めてのことが多く、非常に緊張していましたが、座長の先生をはじめ、多くの先生方からたくさんのアドバイスをいただけたので、参加して非常に良かったと思います。またオンラインなので、自分のラボから発表できたことも非常に楽で良かったです。
71.様々な分野の研究の話が聞けて参考になった。質疑応答の時間がもう少し欲しかった。
72.みなさんの発表に刺激を受けました
73.初めてのオンライン学会でしたが、気軽に色々な先生方のお話を聞くことができ、オンラインの強みを感じました。ありがとうございました。
74.It was well organized thank you for promoting science
75.いろいろな方とディスカッションができ、よかった
76.遠方での開催の場合、発表ナシ・聞くだけの学会参加は、費用や時間の問題から難しいと言う認識でした。しかし、オンラインであればそれらの障壁が一切消えたため素晴らしいトライだったと感じました。ZOOM発表は、むしろオンラインのほうが質問しやすく、席が遠くて見えない遠すぎて聞こえないといった物理的な問題がなく、オフラインよりもはや良いです。REMOでのポスター発表は、大御所の先生方にもポスターを見に来てもらいやすく、議論をしてもらうことができたので、大変良いシステムだと感じました。フリーディスカッションの時間に、シンポ発表の先生逆に先生方のテーブルに質問しに飛び込むことが最後どうしてもできず、聞けずじまいの内容もありましたが。。。。(テーブル内で先生方数人で話しこんでるのかどうか、オフラインと違って様子を窺えなかった)あとはオフライン学会のように、気軽な「立ち見」ができるようになれば。。。ものとして紙のポスターがないので、共有に手間取ってしまいました(私の場合、動画を見てほしかったので動画とpdfとの切り替えに手間取ってしまった)。Remo会場をPM4時以降も場所として解放してもらえたら、シンポ以降にも議論や懇親が気軽にできてよかったと感じました。リアル学会では場所代などの関係からも難しいでしょうが、オンラインでしたら・・・
77.The symposium sessions are interesting. But as a student, I always want a "lecture" that can introduce the frontiers in the four main fields (four symposium topics).
78.ポスターセッションでは、一つずつポスターのpdfを開かないといけないので、ざっと見て回れない。グラフィカルアブストラクトのようなものを一覧できると気になるポスターを見つけやすいと思う。
79.Similar online meetings should happen some time for facilitating interaction and sharing recent discovery even after we are allow to freely travel again. Online meeting has its own difficult parts, but we do not need much budget and do not need to travel. Thank the organizers!
80.聴衆として参加しました。会場で行うより聞き取りやすく、スライドも見やすく、期待以上でした。質問をQ&A boxに書き込む方式は、質問者と聴衆双方の理解を助けたと思います。将来的には翻訳機能を取り入れることも可能ではないかと思います。個人的には学生実習の合間に視聴したのですが、会場まで出向く時間や費用がない人も参加できるのは良いと思いました。従来の方式で学会を行う場合も、オンラインを並行して取り入れると良いかもしれません。
81.ポスター参加者が少なかったように思います。Webinar形式は良いのですが、質問するのに躊躇してしまいました。
82.シンポジウムしか、参加できなかったのですが、ポスターとショートトークに参加していないという選択肢がなかったので、集計から外して下さい。オーガナイザーの皆様、大変ご苦労様でした。Remo は、大学のセキュリティのせいか、ブラウザを指定のものにしても、リハから、アクセス出来ない大学があったみたいです。ポスターだけを見たかったのですが、どうすればよかったのか、よくわかりませんでした。動物学会でやっていた形式の方が、一気に沢山見れそうです。オンラインなので、サクサクポスターを見れる方が向いているかもしれないと、思いました。
83.SymposiumとShort talkはTrialとは思えないほどにとても満足でき、参加して良かったです。Remoに関しては若干の使いにくさとコミュニケーションのとりづらさがありました。改善のための特にアイディアは特にありません、すいません。初めての参加でしたが、とても満足のいく学会でした。ありがとうございました。
84.企画ありがとうございました。初めての試みなのに大きなトラブルもなく良かったと思います。Remoの参加者が少なかったこと、シンポの後で演者と話す場(Remoには来ないので、Zoomで継続?)がなかったこと(自主的に設けていたシンポもあった)が不満(改善点)です。お疲れ様でした。
85.海外からの参加者の発表が聞けるのは良かった
86.ポスターに入ると意図しないポスターへ勝手に入れられてしまう(雑談ルームの場所、もしくは待機場所を作ってそちらに入るようにしてほしい)。ポスタールームの各ポスター番号にカーソルをかざした時に、ポスタータイトルが表示されるようにしてほしい(人物のところにかざした時はフルネームがでるので、同じようになると助かる。)雑談をする機会が少ないので、大小問わず議論・雑談する機会を増やす仕掛けが必要。
87.オンラインならではのやりづらさを感じた。自分にとってはいうまでもなく、相手のパソコンの画面表示を念頭に置いたポスターの作成は大変苦労した。あと全然人が来てくれなかったこともがっかりした。分野がマニアックだから仕方がないのかもしれない。
88.ポスター発表に関して、ポスター全体を表示されていないと途中からの参加が難しく感じました。 トークについては全く問題がなく、Special Lectureに至っては本来のスタイルよりもじっくり聞けて良かったです。
89.やはり学会参加は楽しいとわかりました。難しい状況での開催の決断に感謝します。これまでの対面での学会での実績があるが上での、オンラインでも意外とうまくいくのだなという感想です。でもやはり会場での臨場感にはかなわないので、早く元通りの世の中になることを願っています。
90.学会開催形式の選択肢がひとつ、増えたと感じました。オーガナイザー、事務局の皆様、準備および運営ありがとうございました。
91.並行セッションを行ったり来たりできるのはありがたい(座長のタイムマネジメントが重要)。質疑応答ではオンサイトと比べ、スピーカーとコミュニケーションできた実感には乏しい。ずっとオンラインで聞いているのは結構大変で、ショートトークは比較的メリハリがあって何とかなるが、シンポジウムの長尺になると、思いのほかつらい。オンラインの場合は部屋と時間をきちんと確保できないとどうしても合間に他の仕事が入ってきたりしてしまう印象。
92.Remoでのマイクとカメラは、常に全員ONの方がよかったです。・ ポスターの番号が一桁だったのですが、そのため、私のポスターを聞きに来た訳ではない人の、Remo開始時のランダムアクセスが大量にありました。その上でマイクもカメラもどの方もオフにされていたため、聞きに来てくださった方とそうでない方の区別が全くつかず、とりあえず人が来たら話しかけ、無視される、という作業の繰り返しでした。・ カメラをオンにしても良い、とのアナウンス以降はなんとか議論ができましたが、無駄になった時間が非常に多く、それもポスター番号の数字が小さい人のみにそのようなハンデがついていたようでした。次回以降がありましたら、ご留意いただければと思いました。
2020.10.06

一般社団法人日本発生生物学会第3期会長候補者および理事候補者選挙の結果報告

選挙管理委員長:相賀裕美子
<会長候補者選挙>
第1次選挙結果(8月26日開票)
投票総数:313票  無効票:0票
有効票数の過半数を得た会員がいなかったので、規程により上位3名(高橋淑子会員、武田洋幸会員、林茂生会員(50音順))を候補者として第2次選挙を行うこととしました。

第2次選挙結果(9月23日開票)
投票総数:370票  無効票:0票
この結果、定款および規程に基づき、武田洋幸会員が会長候補者かつ理事候補者に選出されました。

<理事候補者選挙>
有効投票総数:3,353票
得票数上位14名の理事候補者が選出されました。
理事候補者(50音順、敬称略)
阿形清和、入江直樹、永楽元次、倉永英里奈、見学美根子、近藤滋、澤斉、中村輝、丹羽隆介、林茂生、日比正彦、藤森俊彦、船山典子、和田洋
次点:上村匡

追記:理事は、定款「第二十三条 理事及び監事は、規程に定める手続きに従って社員総会の決議によって選任する。」により、第3回社員総会(2021年6月17日開催予定)により選任され、会長は、定款「第二十三条 2 理事会は、理事の中から会長の選定及び解職を行う」により、理事会(社員総会と同日に開催予定)により選定されます。
(選挙管理委員:澤斉、太田訓正)
2020.08.28

海外便り№5 堀沢子さん(バハ・カリフォルニア自治大学獣医科学研究所)

堀沢子さん(バハ・カリフォルニア自治大学獣医科学研究所・教授)

※ステイホーム週間中にも動物の飼育、管理は休みなしです。筆者も羊の出産ラッシュに野次馬で立ち会いました。

皆さまはじめまして。私は北メキシコのバハ・カリフォルニア自治大学(州立大学に相当)に勤務しています。2000年に日本からポスドクとして理学部に赴任、医学部勤務を経て、2006年より獣医学部の分子生物学研究室において学部・大学院での教育、研究指導をしています。研究といってもテーマは主に産業動物、野生動物の感染症や人獣共通感染症の診断、予防などで、研究室というよりも検査ラボのような役割の部署です。発生生物学分野の研究は全くしておりませんので、本稿では研究テーマの詳細ではなく、メキシコに来たいきさつ、当地での生活の一端、非・先進国の辺境の田舎の大学ならではの研究の日常などをお伝えします。中南米の国々に興味のある若い研究者の方に参考になれば幸いです。(そんな物好きな人はいないと言われそうですが...)

大学時代は東京工業大学理学部の生化学講座(大島泰郎教授)の有坂文雄先生のもとでT4ファージに関する卒業研究を行い、同大生命理工学部大学院進学後は分子発生生物学講座(星元紀教授・当時)の西田宏記先生(現・大阪大学)のもとでマボヤ初期胚のNotchホモログ遺伝子の単離、発現解析のテーマで学位を取得しました。その後は同じ学部内の細胞発生生物学講座の岸本健雄先生(現・お茶の水大学)にポスドクとして採用されました。日本で所属した研究室が三か所ともすべて教授・助教授の両先生が合同で研究セミナー等で指導するスタイルでしたので、大部屋の雑多な雰囲気の中でいろいろなバックグラウンドを持つ人と同じ時間を共有できたことは貴重な財産と思っています。その経験から、今の所属先でも出身分野が近い同僚の先生(後述するメレディス、ホセ両先生の教え子)と研究室をシェアして大学院生が大部屋で交流しながら、お互い学びあうというスタイルを貫いています。アメリカとの米墨国境の町にいるという物珍しさ、興味深さもあってか、コロンビア、キューバ、ホンジュラス、ニカラグア等々の中南米諸国やアフリカからの留学生もいますし、メキシコ国内のさまざまな州からも院生受け入れ実績があります。最近は学部生への講義(免疫学、細胞生理学等)の負担が大きくてなかなか旅行する時間も取れませんが、職場が国際色、地方色豊かなので話題には事欠きません。

岸本先生の研究室でのポスドク時代にはホヤ胚発生過程での細胞周期制御について細胞生物学的なアプローチでの研究の可能性を探るべく実験を続けていました。野生生物材料の採集、飼育、メンテナンス、慣れない胚実験、解析用の抗体づくりなど一人で始めたものの、結局3年間で何も成果をあげられず契約期限切れとなってしまいました。その後は、学生時代にラテン音楽サークルに属していたこと、趣味のスペイン語に磨きをかけたかったことなどもあり、漠然と中南米の国で働く方法を探しはじめました。とにかく日本を離れたい、研究は二の次、という人間が、再びポスドクにアプライするの今思えば非常によこしまな考えで、研究プロジェクトに専念してもらいたいボスにしてみれば迷惑な話だと思います。そうはいっても学位を持っているという事実以外に社会人としてのスキルもなかったので、研究ポスドクとしてパナマ、メキシコの大学や研究所をいくつか打診したところ、給与付きでというポジティブな返事がもらえたのがバハ・カリフォルニアの大学だったというわけです。大学院時代に同じ国際学会に参加したことがあるというだけのつながりメレディス・グールド(Meredith Gould)先生(故人)が主宰する発生生物学研究室に招聘して下さり、Conacyt(日本学術振興会に相当)のフェローシップを受けることができました。ヒトデ卵の中心体の研究を始めましたが、お恥ずかしい話ですが、再び成果を出せないまま期限切れとなり、半年間は非常勤講師としてで免疫学の講義を担当しつつ実験も続けましたが、その後はホセ先生の紹介で医学部に職を得て、内陸のメヒカリ市に引っ越し、現在に至ります。岸本健雄先生からは、ときおり日本でお会いするたびに「堀さんは、研究やめますと言ってメキシコに渡ったはずなのにまだ続けてるの?」と揶揄(昔話?)されますが、当時「研究は二の次」と思っていたのは事実です。あまり強調するとメレディス先生に夢枕に立たれて叱られそうですが、自分でもまさかその後20年近くメキシコに居残り、究極のワンオペ子育てと大学勤務を両立させて、再びメキシコで逆単身赴任を続けるようになるとは想像すらしませんでした。

メレディス先生はユムシの卵成熟や受精の研究などでカリフォルニア大学サンディエゴ校(UCSD)でテニュアまで持っていた方ですが、メキシコ人のホセ・ルイス・ステファノ(Jose Luis Stephano)先生と結婚後メキシコシティに移住、その後、古巣のUCSDに近いバハカリフォルニア州の太平洋岸の港町エンセナダに理学部教授として着任されました。研究室の壁にはアルベルト・セント=ジェルジの言葉"Research is to see what everybody else has seen and think what nobody has thought"が掲げられ、ボランティア卒研生の指導やご自身の研究に熱心に取り組まれていました。ほとんどの大学で卒業研究論文は義務ではないので、研究をしたい学生は基本ボランティア参加でした。最近は状況が違っているようですが、当時スペイン語で学位論文という言うとほぼ学士論文を指しているのを知らず、メレディス先生のラボに"博士課程"学生が何人も在籍すると勝手に勘違いしていた私は、彼らthesis studentが皆学部生だったことで物足りなさを感じましたが、すぐに皆の実験にかける熱意に驚かされました。各自が自由に納得のゆくまで考えで選んだ研究テーマを持っていたというのも大きいように思います。海産動物の発生生物学分野だけでなく、葡萄の病原ウイルス(バハはメキシコ有数のワインの産地)、ダチョウ農場向けの雌雄判定キットの作製、バイオディーゼル、ニワトリやラクダ科のリャマを使った抗体ライブラリー作成などさまざまなテーマで昼夜を問わず実験を進めていました。彼らは卒業後も大学院に所属せず居候しつづけて無給で2-3年、長い人は最長8年のケースもありました。ホセ先生は学生の住むアパートも確保していたので、学生たちが最低限の食費さえまかなえれば自由に実験を続けられる環境がありました。ラボの消耗品もほとんど両先生が自腹を切って入手したり、時には農家や一般人向けセミナーを開催して研究への寄付者を募ったり、もちろん取れるグラントは大小いくつも獲得していました。ホセ先生のモットーはメキシコ革命家のエミリアーノ・サパタがスローガンにしていた農民解放の理念「土地と自由(tierra y libertad)」、農地はそこを耕す農民のものであるべきという言葉です。転じて、洒落で強調されていたのが「ラボと自由」。大学の実験室も、名前だけの責任者、管理者に使い方を指図されるいわれはなく、そのラボで手を動かして実験をし、成果を出し、サイエンスを実践している研究者に所属するべきもの、常々言っていました。少し背景を解説しますと、彼らは着任したばかりの18年前に何もない講義室だった大教室2部屋を廃材やアメリカから払い下げの中古実験機器を元手に、手作り感あふれる立派な細胞生物学実験室として進化させ、コンフォーカル顕微鏡に、DNAシーケンサー、細胞培養室、パッチクランプ法などの電気生理実験室、RI実験区画などまで作っていたのです。にもかかわらず、大学当局からは、まだ利用できる機器を「書類上の耐用期限が過ぎている」という理由だけで処分させられたり(しかも代替品を購入してもらえるわけでもない)、週末や夜の実験をセキュリティー管理上禁止されたり、一つ一つはルールのしっかりした先進国ではあたりまえの理由かもしれませんが、現実は、学生に慕われていた両先生へのやっかみによる嫌がらせも多かったようです。

両先生の研究への情熱ぶりを表すエピソードは限りがないですが、いくつか紹介すると、ステーションワゴンの荷台に子供3人乗せて寝かせながら、夜の間に片道2時間半の道をサンプル持ってアメリカ国境を越え、UCSDにて電顕観察を行い、明け方自宅に戻って、日中は大学での業務ということも良くあったそうです。大学の長期休暇期間には夫婦で率先してUCSDやStanford大学で非常勤講師として主に実験系の講義を担当していました。給与収入を得るためでもありますが、メインの目的は講義終了後は余った試薬、消耗品を担当者が「もうこれ以上は勘弁して!」と言うまで交渉してすべて譲り受け、メキシコ側の大学にてほぼ同じ内容の実習を再現することでした。要請があれば教え子のいる遠方の大学でもどこでも駆けつけて実習を披露し、またその教え子が別の学生たちへという良い連鎖を生みます。私も学生時代には論文やビデオでしか見ることがなかったショウジョウバエの初期胚のin situハイブリダイゼーションや免疫組織染色など実習を手伝いながら実物を目にして、研究の環境が恵まれない中でもできることはたくさんある、と感激したのを覚えています。文章に起こすと大した苦労に感じられないかもしれませんが、20年後の今でも、各種インフラと予算の問題で私たちの現在のラボではそのレベルの実習を大人数の学部生向けに再現することはできませんので、やはり両先生の努力は並外れていました。
※2019年冬メヒカリにて。ウルグアイの研究者(左端)を講師に迎えて、学部生向けにダニ類同定実習を企画した際の一コマ。昔は完全な男社会だった獣医師の世界ですが、最近は獣医学部の入学者の8割を女子が占めることもあります。

先進国では学生が存分に実験をする環境を整えるためにボスがやらなければいけない一番重要なことは当然グラントを取ってくることと思いますが、ラボマネージャーもテクニシャンも居ないメキシコの田舎大学では一番大事なことはとにかく足を使って毎日ラボの内外を見て回ることです。電気、ガス、水道、通信の基盤インフラを確保し、内部、外部のコソ泥・大泥棒対策、ペストコントロール、野犬、洪水、強風対策、などなど日常のトラブル、アクシデントに対応しているだけで時間が過ぎていきます。メヒカリ市では2010年にマグニチュード7.2の地震が直撃し、建物、ラボがその後2年半ほどにわたって補修、建て替えのため使えなかったこともありました。この手の苦労話は膨大になるので詳細は省きますが、メレディス、ホセ両先生の場合は生活サイクルのすべてがラボの維持のため、研究のために回っていました。近隣の中学校、高校の生物学系実験室の設備充実のためにも労をいとわず常に走り回っていました。グラントの予算も雀の涙ほど、自腹を切っての消耗品購入も限りがあるため、UCSDのCore Facilityで期限切れの試薬やキット類を棚卸しすると声がかかれば、何をおいても駆けつけて引き取らせてもらいます。32Pで汚染された遠心機も譲りうけ冷却させて使います。お金をかけずに物を修理、再利用することに関してもメキシコ人は経験豊富です。カリフォルニアのメキシコ系ヒスパニックを指すチカーノ(chicano)という言葉がありますが、そこから派生して"チカナダ"という言葉をこちらでは良く耳にします。「チカナダした」というと「(〇〇が壊れたけど)そこら辺にあるもので代用して適当に修繕した」という意味です。これがまた悪い意味でのいいかげんな修理の場合もあれば、かなりの確率で正規品パーツに見劣りしない機能を発揮する場合もあり感心させられます。実験機器類は電子制御の基盤の修理などはさすがにできませんが、メカニカルな機構であれば何としても修理します。たまには良いハプニングもあり、エンセナダの蚤の市で偶然300ドルほどで入手したディープフリーザーが普通に動いたときは皆で歓喜したものです。去年、ラボの院生の一人がスペインの研究所に3か月ほど滞在する機会があったときにも、滞在先で最初は委縮していた彼が、いろいろチカナダを披露するうちに皆の役に立って自信が持てるようになったと話してくれました。チカナダ経験豊富な学生はラボにとって最大の戦力です。
※大学院生で獣医師のカルロス君。各種感染症を媒介するマダニの幼生の薬剤耐性試験のために、アッセイ用チャンバーを工作中。彼は蚤の市でタダ同然で最新の電子デバイスを発掘してくる名人。

獣医学部に移ってからは、私もラボの実験環境の整備のために、金銭的にもかなりの持ち出しをしつつ、体力、気力の許す限り努力してきたつもりですが、最近は教員数削減に伴う講義時間の倍増などにより、なかなか研究への時間が割けません。そんな中、亡くなったメレディス先生を偲んで隔年で開催される追悼シンポジウムに参加するために古巣のエンセナダを訪れることがモチベーション維持に欠かせないものとなっています。ホセ先生を囲んでのOB会的な意味合いもありますし、大学院生にはポスター発表を通じて獣医学部では触れることの少ない基礎生物学分野の学会の雰囲気を体験してもらう機会でもあります。2016年に大学をリタイアしたホセ先生も、リューマチの足を引きずり、ガンの手術を2度受けながらもなお気力十分、最近は人里離れた海岸の田舎町に土地を買ってプライベートの研究所を作り、一人でDunaliellaという高塩性微細藻類の研究を続けています。年齢的にもあべこべで、おかしな話ですが、会うたびにその圧倒的なハードワークに私の方が元気、やる気をもらっています。
※2019年秋、第5回メレディス先生追悼シンポジウムで生物学科の学生にひたすら熱く語り続けるホセ先生。

今年は、毎年恒例の夏休みの日本への一時帰国もかなわずに、灼熱の砂漠のメヒカリ市で最高気温が50℃にもなる暑さの中で、この原稿を書いています。新型コロナウイルスの世界的流行が落ち着いて、海外との行き来や米墨国境も以前のように自由に往来できるようになることを願っています。その際には、読者の皆さんの中でアメリカ訪問のついでにバハ・カリフォルニアに足を延ばしてみたい、という方がいらっしゃいましたらお気軽にご連絡ください。怖いもの見たさでも歓迎です。「国境の町」メヒカリで、おいしいメキシコ料理や地ビールを堪能してくださっても結構ですし、気候も穏やかな港町エンセナダにはメキシコ国立自治大学(UNAM)の研究所やConcytの高等研究所、バハ・カリフォルニア大学の海洋研究所など研究機関が集中していますので、訪問セミナー、共同研究のコーディネートなどご希望があればお手伝いいたします。

皆様におかれましてもご自愛のほど心よりお祈りしています。とりとめのない長文にお付き合い下さりありがとうございました。
ヒカリ市の米墨国境の壁。国境の検問に向かう運転中の車内から撮影。現在は新型コロナの影響で移動制限があるため以前のように日常的に国境を超えることはできない。
メレディス先生実験室の記念プレート。現在ここではOB教員が、新型コロナウイルスワクチンの開発研究を進めている(メキシコ国内の公募で採択された4件のワクチンプロジェクトの一つ
2020.07.03

JSDB Twitter 宣伝用PPTファイル

日本発生生物学会 会員 各位

JSDBのTwitterを6月より運用しています。広報用のPPTファイルをご案内しますので、活用ください。

発生生物学の講義の受講生(分子生物学の講義で出すのは憚られますが、発生生物学の講義なら問題ない様に思います)
研究室見学に訪れた学生
を対象として想定しています。ラボに掲示しても良いと思います。
macで作成しましたので、windowsでレイアウトずれが起こる場合は適宜調整ください。
ダウンロードはこちらから⇒ JSDB_Twitter.pptx
2020.06.12

Twitterはじめました(2020年6月)

JSDB公式Twitterを始めました。ご覧ください!

JSDB https://twitter.com/_JSDB_

DGD https://twitter.com/dgd_journal
2020.03.24

生徒に向けた教育コンテンツの提供(生物科学学会連合)

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に伴う学校園の臨時休業措置等で、学校における教育活動に影響が出ております。生物科学学会連合では、加盟学協会の提供する教育コンテンツを紹介し、科学研究活動に興味を持つ中高生に研究について考える機会を提供しています。

https://seikaren.org/news/436.html
2020.03.11

海外便り№4 兼子拓也さん(フレッドハッチ癌研究所)

兼子拓也さん(フレッドハッチ癌研究所)

私は、シアトルにあります「フレッドハッチ癌研究所」というところでポスドクをしています。癌研究所の所属ですが、現在の研究内容は癌とは全く関係なく、小型魚類ゼブラフィッシュを用いて神経回路の発生過程を解析しています。シアトルでのポスドクはようやく2年目に突入したところです。シアトルに来る前は、ミシガン大学の博士課程に6年ほど在籍し、アメリカ研究生活は8年目になります。それ以前は、現JSDB会長である武田洋幸先生の研究室で、学部卒業研究および修論研究を行いました。武田先生の研究室で小型魚類を用いた発生生物学に初めて触れ、そのときの感動が、現在の研究人生の方向性を決めるきっかけとなりました。

私は、日本の修士課程在籍中に、アメリカのPh.D.プログラムに出願することを選択しました。しかし、アメリカ留学を望んだのは、研究者として成長したいというような強い意志があったからではなく、ただ単純に、海外で長く生活をしてみたかったからにすぎません。異国の地に観光以外で訪れ、文化の異なる人々と交流することが幼少期からの憧れでした。幸運にも、自分が選んだ研究者としての道のりにとって、海外で暮らすことは、決して不利に働くことでも、著しく困難なことでも無かったため、学生の気楽な身分のうちに留学経験することを決めました。出願準備のために、半年以上も修論研究を中断することになりましたが、ミシガン大学に行けることが決まり、念願であった海外生活を開始することができました。サポートしていただいた方々には感謝の気持ちでいっぱいです。

私が所属したミシガン大学のPh.D.プログラムでは、研究室を入学前に決めておくのではなく、1年目に複数の研究室を体験してから、2年目の初めに配属先を選択します。私がミシガン大学を志望した理由の一つは、その選択肢の多さです。生命科学系の研究室が500以上あり、その中から入学後に自由に選べます。それぞれの研究室の研究対象や実績よりも、自分が楽しんで仕事できる配属先を見つけたかったため、より多くの選択肢が与えられているプログラムに入りました。やはり、言葉の壁を抱えて渡米したため、先生やラボメンバーが自分の片言の英語にも耳を傾けてくれるか、そして英語が不自由でも自分を必要としてくれるかを、一番に重視して研究室を選びました。最終的に、Bing Ye先生の研究室に所属して、神経系の発生を研究することに決めました。Bing先生が教育熱心で、とくに密接な指導を受けられることが期待できたのも決め手となりました。

Bing Ye先生の研究室では、ショウジョウバエを用いて、発生過程の神経細胞が、どのように特定の神経細胞と結びつき神経回路を形成していくのかを解析しました。この研究トピックを選んだ理由は、組織の形成を司る細胞間コミュニケーションに以前から興味を持っていたためです。発生生物学的な視点で解析を進めていきましたが、徐々に、神経系で広く用いられる「光遺伝学」や「カルシウムイメージング」といった技術も取り入れていき、最終的に私の博士論文は神経生理学が中心の内容となりました。神経学の知識はありませんでしたが、Bing先生から手厚い指導を受け、毎日のように議論を重ねることで、神経生物学を基礎から楽しく学ぶことができました。先生からは、研究計画の方法や奨学金申請書の書き方、論文査読の仕方なども教わりました。このような指導教員からの直接的な教育は、アメリカの博士課程の大きな特徴であり、この留学体験が自分の成長に繋がったのは間違いありません。

Ph.D.プログラムで6年過ごしましたが、最後まで英語で苦労しました。学生の間は授業が頻繁で、そこでは積極的な発言が求められます。さらに、日本以上にプレゼン能力が重要視されていて、学生としても研究発表の機会が非常に多いです。2年目にはプレリミナリーエグザムと呼ばれる難しい口頭試験があり、これに合格しないと退学になってしまいます。これらの課題を一つずつこなしていくのに必死の学生生活でした。しかし、アメリカで研究を続ければ続けるほどに、言葉の違いを弱点として感じる必要がないことを実感します。面白い研究さえ続けていれば、みな興味を持って発表を聞いてくれます。研究に対するアイディアやアドバイスは、常に尊重して受け止めてもらえます。研究室が10人以下と比較的小さく、そのためミーティングでも発言しやすかったことが幸いし、同僚からも信頼を持って接してもらいました。自分を受け入れてくれる居場所を作れたことで、英語で苦労しながらも、日々楽しいと思える充実した博士課程となりました。何よりも、留学を通じてでしか出会えない人とミシガンで交流できたことが、私の人生にとって貴重な財産です。言葉の壁を抱えながらポスドクとしてアメリカに残ることを選択したのも、この博士課程の素晴らしい留学体験が主な理由です。

ポスドク先として決めたのは、シアトル・フレッドハッチ癌研究所のCecilia Moens先生の研究室です。この研究室で私は、小型魚類ゼブラフィッシュを実験対象として用いて、迷走神経が構成する反射回路の形成機構を解析することにしました。迷走神経は、脳から伸びて、咽頭部や心臓といった様々な器官に投射しており、咳や嘔吐、心拍数調整などの、機能の異なる多くの反射反応を司っています。迷走神経を構成する多種多様な神経の一つ一つが、どのように発生過程の脳内で識別され、それぞれに異なる反射回路に組み込まれていくのか。この疑問について、私がこれまでに学んだ「発生遺伝学」と「神経生理学」を組み合わせて取り組んでいます。このプロジェクトは自分の発案で始めたので、自由気ままに仕事させてもらっています。今は学生のとき以上に研究に専念できるため、これまでの研究人生の中で一番楽しいです。

ポスドク先選びは選択肢が多すぎてとても迷いました。世界中、どこへでも行きたいところに行けるのがポスドクの特権です。この特権を活かさないのは勿体無いと思い、一年ほど時間をかけてじっくり選びました。最終的にシアトルを選んだのは、西海岸の観光地に数年ほど住んでみたかったという理由も大きいです。しかし、ポスドク先選びで最も重視したのは、発言のしやすい比較的小さな研究室であること、そして、独立したプロジェクトを新規に立ち上げさせてくれる可能性の高い研究室であること、この二点です。過去にポスドクとして在籍していた人が、独立後も互いに競合することなく、それぞれ異なる研究を展開できているのかを基準にして候補を並べていきました。その中でもとくに、自分が修士課程や博士課程で学んだ経験を活かせる場所としてCecilia Moens先生の研究室を選びました。この研究室に所属してまだ一年あまりですが、自分にとって最適な場所であったと実感しています。Cecilia先生からサポートを受けながら、自由に自分のプロジェクトを展開することができ、独立してからのための良い修行になっています。また、現在は5人ほどの小さな研究室であるため、大きい研究室にありがちなポスドク同士の競争からも無縁で、お互いに助け合う居心地の良い研究生活をおくれています。何よりも、研究室内でチームの一員として認めてもらえていることが、私にとって一番幸せなことです。

海外で生活してみたいという願いだけでアメリカに来ましたが、憧れであった場所に自分の活躍できる場所を作れたことが、留学の最大の意義であったと思います。私の研究に興味を持ってくれる人、サポートしてくれる人が身近にいることが、現在この場所で研究を続ける理由であり、より多くの人に面白いと思ってもらえる仕事を生むことが今後の目標です。ポスドク後もアメリカに残り続けるかはわかりません。ただ、この地で研究を通じて、世界中から集まった文化の異なる人々との交流を重ねることが、今の私にとって一番の喜びであり、それは研究者としての成功を目指すこと以上に価値のあることに感じています。
2020.02.18

海外便り№3 五十嵐啓さん(University of California Irvine)

University of California, Irvine
五十嵐 啓 (Kei Igarashi)
www.igarashilab.org
kei.igarashi@uci.edu
■はじめに
私は2016年2月よりUC Irvineにて研究室を主宰しております。アーバイン市はロサンゼルスから南に一時間弱のところにあるベッドタウンで、ロサンゼルス大都市圏の利便性と、郊外の安全・快適さを兼ね備えたところです。UC Irvineは、University of Californiaシステムの一つで、トップ校ではありませんが日本の旧帝大程度の環境が整っています。学会長の武田先生より海外だよりを書いてみませんかとお声がけ頂きましたので、海外に出るというのはどんなことなのかを私個人の視点から記し、若い方へのエールとさせて頂きたいと思います。

■ポスドクとしてノルウェーへ
私は東大理学部の坂野仁先生の研究室で卒研を行い、医学部の森憲作先生の教室で嗅覚生理学研究を行って学位を取得しました。森研究室では、みな博士号を取得後、海外にポスドクとして留学するのが自然な流れでした。そこで私も博士取得後すこし経ってから、2009年にノルウェーのEdvard Moser, May-Britt Moser先生夫妻の研究室ポスドクとして留学することにしました。当時、Moser夫妻はまだ気鋭の研究者で、神経科学分野でもそれほど知られてはおらず、なぜノルウェーなんかに留学するんだ?とよく聞かれました。私してはとても面白い仕事をしているからという理由だけだったのですが。むしろみんなが行くアメリカではないところもよかったのです。
ノルウェーは、北欧に広く見られるように、先進的な男女平等・ライフワークバランスのアイデアが国民に浸透しており、研究以外にも学ぶことが多くありました。研究所は非常に潤沢な資金に恵まれており、時間をかけて大きな仕事をする、というヨーロッパ式の研究スタイルのなか、じっくり時間をかけて研究を進めることが出来ました。ただ、まったくプレッシャーのない中、時間をかけすぎて6年半もノルウェーにいたのは、いまから思えばちょっと長かったかもしれません。ラボ在籍中の2014年のボス夫妻がノーベル医学・生理学賞を受賞した際には、ラボは興奮の嵐でした。しかし、私にとって嬉しかったのは、自分自身のラボを選ぶ目はやはり正しかったのだ、と再確認できたことでしょうか。

■ Job huntingの結果アメリカへ行くことになる
2014年にMoserラボでの研究がまとまり(Igarashi et al., Nature 2014)、job huntingを始めました。Moserラボのポスドクはラボ卒業後はprincipal investigatorとして独立していっていたので、私にとっても独立したポジションを探すのが当然の流れでした。公募の出ていた世界中の大学約50カ所に応募を出したところ、イギリス、アメリカ、日本から面接に来るようにと連絡が来ました。私の考えていた条件は、(0)tenure-track positionであること(大前提)、(1)これまでの研究環境と変わりなく研究が続けられる大学、 (2) 国外ならば日本から直行便がある町、(3)子供の日本語教育のための補習校のある町、(4)治安のよくて住みやすい町、というものでした。最初にオファーを頂いたのは京大白眉でしたが、残念ながら任期5年・スタートアップ資金のほぼ無い特任准教授ポジションでした。次に呼ばれたUniversity College Londonの面接では、「ロンドンで家は買えますか?」と質問して面接官として来ていたRichard Axel先生(前回の海外便りの服部君の先生ですね)の失笑を買ったせいか、あえなく不合格となりました。しかし、ロンドンのような大都市に家族連れで暮らすのは、とても難しいように感じました。その次に面接に呼ばれたのがUC Irvineです。下調べをしたところ、どうやらアーバインは(1)-(4)すべてを満たすとても魅力的な場所のようでした。面接では学科長から最初に「このポジションのスタートアップは6500万円、一切交渉不可。オファーを受けたら1週間以内に返事をしない場合は次の候補にしてしまうから」と宣言され、その後conference形式で8人の候補者が互いに発表しつぶし合うというアメリカの大学としては特殊な面接形式でした。オファーを頂いた際には、もっと研究レベルの高いBaylor Colledgeや日本の理研など、まだ幾つか面接が残っていたのですが、せっかく頂いたオファーです。いろいろ考えることはやめ、他を辞退してアメリカに移ることにしました。振り返ってみて、この判断でよかったと思います。
ポスドクの留学先としてヨーロッパを選びはしたものの、やはり生命科学の絶対的中心地はアメリカです。ヨーロッパの研究者も、みなアメリカを向いて研究をしています。ポスドクをしている間にだんだんと、研究者としてアメリカの科学を見ずには死ねないだろうな、と感じ始めていました。ですので、それ以前のアメリカでの経験なしにアメリカでPIポジションを得ることができたのは幸運でした。

■ラボ立ち上げ
アメリカで独立する多くの日本人は、院生やポスドク時からアメリカに来ており、独立する際にはすでにアメリカの研究システムを熟知しています。私の場合、アメリカ暮らしがそもそも初めて、加えてラボ立ち上げの二重苦でした。PIとして最も重要なのはやはりグラント取得です。アメリカの大学は1-1.5億円のスタートアップ資金が与えられるのが普通ですが、私の場合は上の通りかなり値切られてしまいました。学科長曰く、「startupは鉄砲と三発の弾丸である。これで最初の獲物を捕ったら、あとはそれを売って自分で次の弾を買うべし」と。売る獲物とは論文のこと、次の弾は外部資金のことですね。そんなわけで、グラント書きを始めましたが、これまで日本やノルウェーでは英語でグラントを書くトレーニングなどしたことがありません。一方で周りの研究者は、博士課程・ポスドクの間にNIH fellowship(基本的にグラントと同じフォーマット)を書くトレーニングを長期間受け、独立する頃には十分な経験を積んでいるのです。周回遅れのスタートで、自分はこの国で生き残れるだろうかと、とても不安でした。まず最初に出したのは、ラボを始めて数年以内の人向けのfoundaton grantsです。これらにアイデアを絞りだしながら30以上応募し、4つ取得することができました(計9000万円弱)。最初の一年間は、ほぼグラント書きばかりしていましたので、一年間これだけ書いて4つか...と自分では思ったのですが、周りからは上出来だと言われました。幸いにもJSTさきがけにも採用して頂いたので、日本の研究と接点を保つことができています(学会長の武田先生には、JSTの領域会議でお声がけ頂きました、感謝致します)。NIHのグラントの書き方にも徐々に慣れ、3年目にR01を2つ取得することができました。R01を取ることがテニュア取得条件の一番の鍵ですので、R01をもらえて、アメリカに来てやっと一息つくことが出来ました。とても興奮するような発見もラボで幾つか出てきており、いい論文が書ける段階にそろそろ来ています。
初めはとても不安とストレスの大きいラボ立ち上げでしたが、不安がなければあれだけ働くこともできなかったでしょう。頑張った分は結果として戻って来ました。アメリカでは努力が報われる構造にある程度なっているように感じました。ノルウェーや日本ではなかなかこうは行かなかったでしょう。アメリカのassistant professorがassociate, full professorとほぼ同じ機能を持っていて、同じグラントにアプライすることができ、若手教員にも青天井が用意されている一方、ヨーロッパや日本では世代ごとに異なったグラント(若手の方が少額)が用意されてしまっているためです。

■五十嵐ラボでの研究
私たちの研究室はin vivo electrophysiologyを用い、記憶を司る脳回路機構の研究を行っています。マウスの脳に電極を複数留置し、マウスが記憶を行っている際の海馬・嗅内皮質の神経細胞の活動パターンがどう変化するかを明らかにするというものです。脳科学ではElectrophysiologyで脳活動の記録だけを行うという観察主体の研究が長らく続きましたが、近年脳活動の活動を直接操作できるoptogeneticsが開発され記録と操作手法の双方が可能になり、脳回路の機能同定が可能になり始めています。私のラボのウリは、このelectrophysiologyとoptogeneticsを組み合わせた手法を、記憶の中枢である海馬・嗅内皮質で使い、神経回路レベルで解析している世界で数少ない研究室の一つだということです。研究室のもう一つの特徴は、記憶回路の基礎的なメカニズムだけでなく、この知見を用いてなぜアルツハイマー病の記憶疾患が生じるのかを神経回路レベルで研究していることに研究室のもう一つのフォーカスを向けているということです。神経科学はこれまで膨大な基礎的な知見が蓄積され、そろそろその知見を脳疾患メカニズムの解明に活用する必要があると私は考えています。研究室にはアイデアは沢山あり、資金も揃ってきているのですが、アイデアを実現してくれる人材がまだまだ足りていません。一緒に頑張ってくれる方を常時募集しておりますので、興味を持たれた方はぜひ連絡して下さい。

■海外に留学するということ
この海外だよりのコーナーの読者の方々には、おそらく高校生・大学学部生の若い読者さんもいらっしゃることでしょう。近年、とみに若い方の留学する傾向が低下していると言われていますが、これは残念なことだと感じています。そこで、若い方の参考になればと思い、私自身とって海外に出て何がよかったか(そして何がよくなかったのか)を書きだしてみます。
まず、海外へ出て一番大きかったのは、自分の向上心・野心への抑圧を解放できたことでしょう。日本では、小さい頃からみな知らず知らずのうちに野心を抑圧されている教育を受けているように感じています。「自分勝手」という言葉がいい例でしょう。自分勝手は嫌われますよね。社会構造も抑圧的といっていいかもしれません。ヨーロッパも多少抑圧的です。一方、アメリカではあなたが何をしようと、周りはまったく気にも止めません。基本的にみな自分勝手です。でもそれでいいんです、やったもの勝ちです。抑圧を自分から取り除き、自分の創造性は青天井だ、と自分に思い込ませることは、研究者としてなによりも大切なことの一つではないでしょうか。もし私が留学せずに日本に残っていたら、きっとつまらない研究者になっていたでしょう。
二つ目は、海外へ出て、頼れるものは誰もいない、自分自身の力で生きていくしかないと自覚できたことでしょう。日本にいた間は、研究面では指導教官に、生活面では親にと、頼れるものがたくさんあり、真の独立心が育っていなかったように思います。もし助教として研究室に残ったりしていたら、きっと指導教官の庇護に頼る気持ちを長期間持ったままだったでしょう。一度国をまたぐと、過去の関係にはほとんど頼れなくなるので、何もないところからすべてを構築していく必要があります。そういう状況に自分を置くことも、自分には大きな糧となったように思います。研究室を立ち上げる際は、ゼロから自分の研究を作り上げていかなければいけません。野心と独立心は、研究者にとって大変重要なメンタリティーで、私の研究室の大学院生・ポスドクを見ていますと、この二つが十分育つことがよい研究者になる必要条件であるように感じています。
よくなかったこと...親や旧友に頻繁には会えないこと。しかし、いまはスカイプがありますし、これは国内で離れたところに住んでいれば同じことでしょう。アメリカに留学すると食事がおいしくない(「メシマズ」)と揶揄する声を時々耳にしますが、そんな人にはノルウェー留学をしたあとにアメリカに移ることをぜひおすすめします。アメリカ(特に西海岸)は天国ですよ!
留学するメリットが、第一線の科学を経験することにあり、日本の科学がトップレベルになった現在そのようなメリットは失われたと思う方もいらっしゃるかもしれません。しかし、留学の最大のメリットは自分自身のメンタリティーのさらなる育成にあり、これはいつの時代でも必要なことではないかと思います。


■終わりに
日本では、若い方のあいだで、研究者になるのは苦労が多く、報われないキャリアパスなのではないか、という忌避感が生まれているように最近感じています。博士課程では無給、教員になっても薄給、雑務が多く、研究費もじり貧。。。しかし、一番の問題は、私と同年代以上の教員の方々にも切迫感が漂いはじめていることではないでしょうか。大変だ、大変だ、と上の世代が言っていたら、下の世代は付いてくるのをためらいますよね。私たち前を走るものが、「研究者って楽しくてたまらない!」という後ろ姿を見せ続けることが、後に続く世代を引きつけるのではないでしょうか。私が学生の頃は、先生方はとても楽しそうにしておられましたし、そんな先生方をみて、自分もあんな風になりたい、と思ったものです。そんなわけで、アメリカでの研究稼業がどれだけ楽しくてたまらないかを少々。日本の先生方、決して自慢したい訳ではありませんので、どうぞ気を悪くされないでください。
まず大学院生にとって、アメリカは天国です。博士課程に入れば、十分生活出来る程度の給料(年300万円程度)は補償されますし、授業料はボスが出してくれます(ちなみに、ノルウェーの大学院生なら年に600万円もらえ、子供が生まれれば1年の有給育休も付きますので、ノルウェーの大学院生は非常にお勧めです)。ポスドクの給料は日本とそれほど変わりませんが、ポスドク後の教員採用や企業就職の可能性は日本より遙かに高いので将来におびえることはありません。
大学教員になれば、assistant professorでも一軒家が買える程度のそれなりの給料がもらえますし、グラントを取れば数百万円の単位で給料を上げることもできます。シニア教員になれば年収2000-3000万円はもらえますし、一度テニュアを取れば定年はないので、この給料をもらいながら死ぬまで研究を続けることもできます。以上が生活基盤。研究面では、assistant professorレベルでもNIH R01 (1.3億円、5年間、更新可能)を数個とることが可能ですし、科学の中心地に身を置いて自分の研究を好きなだけ進めることができます。講義、事務仕事、会議もそれほど多くはなく、80%程度の自分の時間をサイエンスに集中することができます。どうです、楽しいことばかりでしょう?
海外での経験は、ほぼ間違いなくあなたをより良い研究者に育てるはずです。海外でのサイエンスが楽しそうだと思ったあなた、ぜひ留学しませんか!!研究留学について相談をしたい方は時間の許す限り返事をするように致しますので、メールを送って下さい。
2020.02.06

DGD編集主幹メッセージ(最後の編集主幹便り)

2006年の秋頃から13年余編集主幹を務めて参りましたが4月から平良眞規氏が引き継ぐことになっています。

 私が引き継いだ年のインパクトファクターは1.5でしたので、まず考えたのはインパクトファクターをあげることでした。そのために、著名な方々に総説を依頼すると共に特集号を出そうと思いました。最初の特集号は再生特集号だったと思います。また、2008年にはDGDが50巻を迎えるので、50巻特集号を発行すべく、学会にも特別予算を組んで頂きました。阿形さんが岡田節人先生にインタビューして発生生物学会の歴史に関する記事と共に、それまで発生生物学会を引っ張ってこられた方々が論文を投稿して下さり、非常に良い特集号ができたと思っています。Nicole Le Douarin先生にも依頼したら快く書いて下さり、ニワトリウズラキメラの歴史についても知ることができます。それからも9号/年のうち、二つの号は特集に回すことを考え、大会のシンポジウムのorganizersにお願いして、editorになっていただき、そのシンポジウムを中心に関連のある研究者を加えて特集を発行しました。通常号にも総説を入れるべく、面白いoriginal paperを書いた方、あるいは大会でおもしろい発表をした方々に総説の執筆を依頼しました。幸い、特集のeditor、また総説を依頼したほとんどの方が快く引き受けて頂きDGDを充実させることができたと思っています。そのかいあって2008年(発表は2009年)から2016年までインパクトファクターは2を超えることができたと思っています。ただ、2017、2018年とまた1点台に落ちています。

 私が編集長になった頃まで、科研費の出版補助は直接出版の費用に充てることが出来、科研費はそのままWileyに支払われていました。しかし、2008年に毎年競争入札をすることという条件がつきましたので、それでは出版できないと思い、相澤会長と一緒にWielyと交渉して、学会員へのDGDの配布は希望者だけにして支払いを少なくし、一方ではRoyaltyをあげてもらい、さらに編集サポートも頂くと言うことに落ち着きました。Wileyとは契約更改をしたばかりでしたが、途中で契約見直しに応じていただきました。危機が転じて福となったと思います。その後、紙媒体を廃止しましたので、出費がさらに減ることになりました。
 科研費に関しては数年前から出版費用ではなく、DGDの戦略的な事業等に使えるように変更されました。現在はDGDをアジア、オセアニアでのハブジャーナルとすべく補助を受けていますが、引き続き補助を受けられることを願っています。

 数年前からDGDへの投稿者が減っています。それは、open access journalが増えたこと、博士課程の大学院生の数が減ったことなどが原因と考えられます。さらに、研究費のサポートも応用面を重視する傾向にありますので、それも発生学の基礎を重視するDGDへの投稿が減っている原因とも考えられます。それは、DGD論文の引用数の減にもつながりインパクトファクターの低下につながっていると思われます。
 DGDは先人達の努力により、国際的にも認められているjournalだと思っています。私がパリに留学した40年前にも研究所の図書室にDGDがおいてあり、うれしく思ったものでした。Wileyもそのことを評価しており、危機に直面したときなども相談に乗ってくれたものと思っています。Dev Cell, Genes Dev, Development, Dev Biol, Dev Dyn等のクラシカルな発生生物学のjournalも軒並みインパクトファクターの低下に直面しています。こういう困難な局面を次期編集主幹の平良氏を中心に学会役員、学会員の方々の協力で乗り切ってほしいと思います。